さあ、と一言。
一馬が満面の笑みを浮かべながら、故郷に帰ってきた友人を紹介するように手を伸ばした。
「おまえら、待たせたな。俺たちの春海が帰ってきたぞ。ま、すぐ帰るけどさ。とりあえず、今日のうちに何でも聞いとけよ」
「……」
親友たちの大歓迎を受けているはずの春海は、笑っていいのか渋面を作ればいいのか、よく分からない顔をして一馬を見た。
悪友はにやっと笑い返した。
「明日は女子もいるからな、何でも話せるって訳にゃいかない」
「ま、それより先に乾杯と行こうぜ」
進がコップを持って促す。
ここは一馬の自宅で、懐かしい鹿鳴会の四人はそこで集合したのであった。
一馬の部屋には、人数分のコップと飲み物――常識的に考えれば、高校生が飲んではいけないもの――と、どう見ても酒肴にしか思えない食べ物も用意されていた。
「おい、いいのかよ、これ」
「いいのいいの。自分ちで集まる醍醐味つったら、これしかねえだろ」
「食い物も、何だこれ。つまみばっかりじゃねえか」
「酒をジュースと間違えるようなウワバミに言われたかねえなあ」
春海以外の三人が笑い声を上げた。
「ったく、しょうがねえな、おまえら……」
「いるかは、大川と日向とどっかの店で会ってんだろ?」
兵衛が聞くと、春海は頷いた。
「いるかは、院長の家に呼ぶつもりだったらしいけどさ。二人が外に誘ったらしい」
「まあ、院長のいる家であんまり大騒ぎは出来んかもなあ」
「まあな……」
「……」
「……」
「……」
兵衛は黙ってスルメをかじり、進は少しずつ酒を飲み、一馬もコップを手にして、こう言った。
「我らが鹿鳴会会長に、乾杯」
「何言ってんだよ。今は、おまえらの天下だろ」
春海以外の三人は、顔を合わせて笑い出す。
「里見の会長コンビにゃ、負けるけどね」
進がにやっとした。
「どうせおまえ、来年になったら野球部でも主将確定だろ?」
「……いや、それはないと思う。会長だけで十分だし、さすがに、ピッチャーで主将ってのはな……俺もなかなか疲れるんだよ。倉鹿じゃ仕方なかったけど――ま、適任者が他にいるしさ」
春海はちょっと考えて、付け足した。
「まあ……そいつもきっと、『面倒くせえよ、そんなもん』とか言いそうな奴だけどな……」
「へえ……」
「……」
「……」
さっきから、会話に奇妙な間が空くことに、春海は気づいていた。――と言うか、彼には最初から分かっていたのだ。
悪友たちの聞きたいのは、東京での生徒会や部活動のことではないことを。
「……おまえら」
「……おっと。俺たちゃ、何も聞いてないぜ」
進が言った。
「見合いとか家出とか、何のことだかなあって」
「そうそう。俺たちは野暮じゃねえからさ、無理やり聞き出すなんてことはしねえよ」
「――」
春海は思いきり眉根を寄せた。無理やり聞かないと言う割には、一馬と進の顔は、どう見ても面白がっている。これ以上ないぐらいに。
「顔が笑ってんじゃねえか、おまえら……」
コップを手に、春海がどう切り返そうか考えていると、無駄なことは言わない兵衛が、真面目な顔つきでいきなり核心を突いたのだった。
「いるかと結婚するんだろ?」
覚悟をしていたこともあって、春海は何とか咳き込まずに済んだ。彼は無言で兵衛を見て、それから気付け薬のようにコップの中身を干してしまった。
進と一馬は、その春海の様子を伺いながら、呆れたように兵衛に言った。
「おいおい、兵衛。ずばり言うなあ」
「その一言で終わっちまったじゃねえか」
兵衛はしかし、悪びれる様子もなく、堂々と続けたのだった。
「だってさ。いるかが家出して、春海が東京から追っかけて倉鹿まで帰ってきて、それで最終的には新潟まで探しに行ったってんだろ。その後どうなったか、心配した俺たちにだって教えてもらう権利はあると思うんだが」
「……」
「そりゃあ、春海から電話があったし、いるかを見つけて東京に戻ったってのも知ってるよ。でも」
進がその後を引き取った。
「まあな。その電話で、いるかが家出した原因ってのも聞いたんだよな。俺たちが聞いてるのはそこまでだよ」
「……」
「いるかの家出の原因は、父親に押し付けられた見合いのせいだった。その相手は山本春海だった――いるかも、新潟でおまえと事情を話し合って、それを初めて知った、ってなあ……」
「――傍から聞けば、まるで笑い話だと思うだろ。冗談じゃない、俺たちだって大笑いしたんだぞ」
春海はそう言って、音を立ててコップを置いた。
「そういう話が、俺たちの知らないところで進められてるってのは事実だよ。あいつが家出したのも、相手が俺だとは思ってもいなかったからだし……」
「そりゃ、普通は思わんわなあ……」
「で、おまえにも見合い話は来てたってことなんだよな?」
一馬がそう聞くと、
「聞いただけで無視してたよ、そんなもん」
春海は当時のことを思い出したらしく、険しい表情になり、空になったコップに手酌で注ぎ始めた。
「誰がそんなこと、正気で親が言ってるって思うんだよ? そりゃ、俺は親父が冗談を言うような人間じゃないのは知ってるけどな……」
「で、結局のところ、おまえも相手がいるかってことは知らないままだったんだな」
「当たり前だろ! 知ってりゃ……」
そこまで言って、春海は口をつぐんだ。
今となっては、よく分からない。
もし尋常に話が進んでいたら――もしも、双方の親が、相手の名前を最初からはっきり伝えていれば。
少なくとも、いるかが家出することはなかっただろう。それは確かだ。 そして、自分は……と春海は考える。
父親から彼女の名前を聞いていたとしたら……
気づかなかった自分にも、春海は――実は――かなり呆れていたのだった。冷静に考えれば、いるかのことだと思いつくような単語はいくらでも散りばめられていたからだ。
「……とにかく」
春海は机に突っ伏すような体勢になりながら、それでもコップだけは手放さなかった。
「今、おまえらに話せることはそれぐらいなんだよ。東京に戻ったら、俺もいるかもそれぞれ、親とちゃんと話し合おうって言ってるんだけどな……大体、俺たちだって、まだ、人に話せるほどちゃんと飲み込めてないってのが本当だからさ……」
「……」
「おまえらだって、それは分かるだろ? この年齢で……本気で考えろって突きつけられてんだぞ……いくら何でも予想外だろ、こんな展開。見つけられたから良かったものの、今回のことだけは洒落にならねえよ。何を考えてんだ、うちの親父も、あいつの父親も!」
「……」
進、一馬、兵衛の三人は顔を見合わせた。
長年の親友――しかも自分たちのリーダー格で、いつでも冷静で、友人でなければ勘に触るというほど何でも出来る優等生が、今……
照れているのか他に理由があるのか、机に突っ伏して顔を見せようとしないのだから!
彼らは、「本気で考えるも何も、どうせ考えるまでもなく答えは出てるんじゃねえか」と言いたいような顔をした。
しかし賢明にも、三人はそれを口にはしなかった。
しばらくしてから、進は、他の二人に小声で言った。
「……おい、女子と別々にして正解だったな」
「確かに」
「そうだな」
一馬と、そして兵衛もそれに答えた。
「こんな春海、知ってるのは俺たちだけの方が面白えからな」
「得した気分だよなあ」
「――面白いとかはっきり言うな! おまえら!」
春海は顔を上げて怒鳴った。
酔うほど飲んだはずもないのに、その顔は赤くなっており、その眉はこれ以上ないというぐらいまで吊り上っていた。
その後、春海が悪友たちに「明日、いるかに余計なこと言うなよ。絶対に言うんじゃねえぞ」と約束させたことは言うまでもない。
[19回]