博美と湊、二人に言わせると、
「食欲がある限り、いるかちゃんは大丈夫」
ってことらしい。
よく考えたらあたしって、どこへ行けばいいのか分からないまま家出した時も、有り金はほとんど旅費とご飯に使ってしまったし、親切な金次郎さんや錦組のおじいちゃんのところでも、食っちゃ寝ばっかりしてた気がする……
まあ、春海はあたしの行動パターンなんてとっくに見切っているので、あれは……東京駅に着いた時だったかな?
「そう言えばおまえ、二戸部でラーメン10杯食っただろ?」
と、当てられてしまった。
ええ、当てられてしまいました。
あたしのやりそうなこと、春海にはお見通しなんだよね。
まあ、さすがに「探し当てたら、誰かの花嫁になってた」ってことだけは、いくら春海でも予想できないことだったと思う。
たった数日だったのに、ドタバタ、ドタバタ……
それもやっと終わって、信じられない結末になって。
東京へ戻る電車で眠って、朝になって……
春海はただただ優しい顔で、黙ってあたしを見てた。
その目が優しすぎて、どうしようかと意味もなく焦ってしまうぐらい。
まだ、怒ってくれた方があたしも言い返せるのに、なんで、そんなに黙り込んでじっと見てるのかなあ、って……
……ああ、思い出したらまた顔が赤くなっちゃう。
今日はジュースしか飲んでないのに、どうしてよ。
博美がちょっと身を乗り出してきた。
「で、いるかちゃん。……山本くんと、本当にお見合いするの?」
「ま、まだ、そこまで考えてないよ」
あたしはしどろもどろになってしまう。
そりゃあ、全然考えていない訳じゃない。
春海がその後、お父さんから聞き出したところによると、どう考えてもあたしたちの縁談ってのは偶然じゃないみたいだし。
状況証拠として、春海はこう言ったものだった。
「親父が駅伝を見に来てたらしい」
「そこで気に入った外交官の娘、って聞いて、気づかなかった俺がいいかげん間抜けだった」
「要するに、おまえが……」
(ゴールしてすぐに、おまえが俺に……なんか言っただろ。叫んでただろ?
……いや、だから、大声でわめいてただろうが。
……そうだよ。それ。
あれを聞いてたと思うのが自然なんだよな、親父が。
だからおまえに興味を持ったってことなんじゃないか? で、調べたらおまえのお父さんのことが分かって……)
そうなの。
何と言うか……
春海のお父さんが、あれを聞いてた、ってことらしい。
『春海が好きよ、世界でいちばん春海が好き』
っていう、あれを……だよ!
あれを、聞いてたんだって! 春海のお父さんが!
もう、ほんと信じられない。
あの場にはじいちゃんもいたけど、じいちゃんには今さら隠すようなことじゃないし、それはいいとして!
なんで、だからって、いきなり縁談っていう話になるのよ。
春海のお父さんって、あんなのを見てあたしを気に入ってくれたって言うけど、本当なの?
「でも、山本くんはその気でしょ?」
湊はメニューを見ながらあたしに聞いてくる。
言い忘れてたけど、ここは食事もできるけどお酒も飲めるよっていうところなので、おつまみ的なおかずが多い。
もちろんあたしたちはお酒なんか飲まないけど、夜遅くまで開いてる店といったら、こういう店しかないんだよね。
あ、博美も興味津々っていう顔だあ。
「今、お見合いするかどうかは置いといてもさ。山本くんとしては……結婚するつもりなんでしょ? いるかちゃんもでしょ?」
「け」
あたしはジュースを噴きかけた。
「けっ……」
「やだなあ、いるかちゃん。お見合いとか持ち上がってんのに、今さらそんなぁ」
赤くならないでよ、と博美が嬉しそうに――なんでだろ?――笑う。
「だって、縁談って、最後には結婚するってことじゃない」
「そ、そ、そうだよねっ。け、結婚ってそういうこと、だよねっ」
湊と博美は、あたしの反応の何がおかしいのか、また顔を見合わせて笑う。
いやもう本当、分かってたつもりだよ。
春海にもさんざん言われてたことだし、あたしがひょいっと家出したことがこんな大騒動になっちゃった訳だから。
湊と博美とは(銀子もお杏もだけど)今さら変な遠慮をする仲でもないし、あたしも普通に会話してるつもりなんだけどさあ……
倉鹿にいた時って、よく考えたら、あたしと春海がどうのこうのって言うのは、こうも表立ってからかわれたことがない気がするもんで……
あたしが気づいてなかっただけかもしれないけど……
「結婚かあ。あたしたちには、まだまだ先の話だから想像できないけど……」
二人が言い合うのを、あたしは黙って聞いていた。
実は、あたしも想像できないんだよ、とは言えない雰囲気だ。
16歳で結婚なんて、どうやったら身近に感じられるんだろ?
確かに、前にぼんやり想像したことはある。
いつかあたしも結婚するのかなあ、って。
春海がいなきゃ想像さえ出来ないことだったし、当たり前のようにあたしの隣には春海がいたけど、あれは要するに、ただの想像で……
「銀子さんは『どうせくっつくんなら、さっさとくっつけばいいんだよ』とか言ってたよ」
「明日もきっと言われるだろうねえ」
博美と湊が交互に言い合う。
「そういう銀子さんは、長門くんと結構……だよね」
ここで博美が意味ありげに言い、湊と目くばせし合った。あたしは食べようとしていた唐揚げをお皿に戻してしまった。
「えっ、ええ? ど、どういうこと、それ」
兵衛と、銀子?
兵衛が……?
あたしの記憶が、すごい勢いでフィルムみたいに流れ出す。
早送りみたいに、流れ出す。
女子サッカー部が廃部になって、みんな落ち込んで、あたしは何かしないではいられなかったので、一人で同好会を始めたんだ。
そうしたら兵衛が、ゴールポスト作りやグラウンド整備を手伝ってくれた。兵衛っていい人だな、頼りになるなってあたしは感動したもんだけど……ああ、何だか、分かった気がする。
そうか。そうだったのかあ。
そうだったんだ。
そうだったのか……そう、それで分かった気がするよ。
兵衛、そうだったんだね。
……きっと、あの時は何も言わずに。
銀子の、伊勢コーチへの片思いのことも知ってて、それでも……
いい男だね、兵衛。
なんか、嬉しくなっちゃうなあ。
そうだったの……
「そっかあ……」
「いや、あのね、いるかちゃん。それ、銀子さんの前では、はっきり言わない方がいいよ」
「別に、遠くから見てる分には前と同じだから」
「だって、でもさ……」
「あたしたち、銀子さんとは結構近い友達でしょ。だから何となく、ね。何となく分かるのよ」
湊は、眉間に皺を寄せながら考え込んでいるようだった。
「……空気で分かるの。そういうことって、あるじゃない」
そこで博美が、合いの手のように笑い出す。
「いるかちゃんと山本くんみたいに、みんなが知ってることじゃないんだしね」
「普通は、あんな強制的にラブシーンを見せられるもんじゃないよねー」
「そうそう、全校生徒の前でねー」
「ラ……」
げ、劇のことだよね、それ。
お芝居だからさ、それ……
まあ、あの時の春海はひとりで演出変えちゃったりして、お芝居じゃなかった気もするけどさ。
そんな感じで、自分がからかわれる恥ずかしさよりも、驚きの方が大きい時間だった。
とりあえず、今は博美と湊に質問攻めにされたところで、縁談だのお見合いだのは具体的には決まってないんだから。
あたしと春海の間では、まあ、色々と、その……
暗黙の……暗黙の了解っていうものがあってさ、この世には……
あの言葉がすべて。
春海のあの言葉が、今のあたしにはすべてだから……
じいちゃんの家に戻りながら、夜空を見上げる。
春海は、もう戻ってるのかな?
今回の帰省では、あたしも春海もじいちゃん宅でお世話になるので、もし春海が戻っていたら、おばちゃんがまた威勢良く質問攻めにしてそうだなあ……
明日は明日で、博美と湊に加えて銀子とお杏、それから進、一馬、兵衛と、皆が一斉に集まることになる。
お酒なんか飲んでいないのに、足がもつれてしまう。
……倉鹿の夜は、とてもきれいだ。
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多分、また続く。
お知らせ
2012.7/14~7/16まで、母の実家(高知)に帰省します。
コミックス全巻持って行く訳にはいかないので、3日絶ちなんて辛いっ……!
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