「……」
さすがの春海も、しばらくは声も出ないようだった。
自分が抱きしめている白無垢の花嫁が、なぜ花嫁姿なのかも彼にはわからない。
今まで、彼女と過ごした日々の中で色んな出来事があり、免疫と言うのか耐性が出来ていたはずの彼でさえ、絶句するのも当然かもしれなかった。
彼が彼女を抱いたまま呆然としたような目を上げると、そこには何台もの大型トラックと、気の荒い、しかし仁義に篤いトラック運転手とヤクザたちがやんやと喚き立てて……
今どき珍しい、絵に描いたような勧善懲悪の光景がある……
「……おまえ……」
「なんで……なんで、春海がここにいるの?」
「――バカ!」
それも当然と言えば当然のいるかの疑問だったのだが、その瞬間、心配していた分だけ怒りがこみ上げたように彼は怒鳴った。
「なんでも何もないだろ! おまえこそ、なんでこんなとこにいるんだよ! 何だ、その恰好! さっきのあれは何なんだ! 誰なんだよ、あの男は!」
「こ、これは色々と……さっきのあれも色々と……その、事情があってさ……」
「どんな事情だよ。――いや、それはいい。とにかく帰るぞ」
「ちょ、ちょっと、春海……」
「おまえな……おまえ……おまえって、本当に……」
彼がふいに、彼女の肩を掴んだまま、がっくりと俯いた。
彼女が驚いて、叱られるのを怖がりながらも、彼の顔を見ようとする。
「ご……ごめん、春海。本当にごめんね。でも、あたし……」
「……」
「ごめんってば……」
いるかが、光沢の美しい白い衣装のまま――鬘はすっかり取れてしまっていたが――哀願するような声で言った。
春海はやっと顔を上げたが、何とも形容しがたい表情でいるかを見つめ、それから――脱力したように笑い出した。
「は、春海?」
「おまえって、本当に、何やってんだよ……どこにいても、こんなめちゃくちゃな……見ろよ、あれ」
「ご、ごめん……」
春海はいるかを抱き寄せて、長い長いため息をついた。
そして、言った。
「帰るぞ。俺は、おまえを連れ戻しに来たんだからな」
「か、帰る……のは、仕方ないんだけど……」
「とにかく帰る。話はそれからだ」
春海は結論だけを言った。今はいるかの、家出に関する事情を細々と聞いている時ではないと判断したようだった。
「……いるかさん」
背後から声がかかる。
春海が、瞬時に過剰反応をしたのが、鈍感ないるかにも伝わったようだった。
「……」
彼女が怯えながら春海を見上げると、見事なまでの無表情。
しかしいるかには、春海が何らかの身構えをしていることが分かったのだろう。彼女はますます肩身が狭そうに縮こまった。
そこにいたのは、羽織袴の「花婿」だったからだ。
「いるかさん、ありがとう。まさかこんなことになるとは思わなかったよ……」
「あ、あたしは、別に、あの……それで、おじいちゃんは? げ、源十郎……」
いるかは、びくんと身をすくめた。
男の名前を呼んだ瞬間、春海の全身から電気のようなものが走った気が、彼女にはしたのだった。
「おじいちゃんは……僕が言うのも何だけど、前よりも元気になったみたいだ」
そう答えながら、源十郎は春海を――つい先ほど、真剣を交えた男を見た。
「君は――」
「あっ、あのね、この人は……」
「いるかが、お世話になりまして」
春海が、いるかを遮るように言った。
「こいつは連れて帰ります」
「いるかさんは、行くところがないと聞いたが……? だから、うちにいてほしいと祖父が頼んだんだ」
「……」
いるかは黙り込んでしまった。春海を見上げることも、源十郎を見ることもできない。
「いるか」
春海は少し、口調を和らげて彼女に問いかけた。
「いるか。俺と帰るよな?」
「……う、うん……帰る」
源十郎は春海を見て、それから次に、青くなったり赤くなったりしているいるかを見た。
「おーい、いるかちゃん!」
「いるか姐さん! 若! 親分がこんな元気になっちまって!」
トラック野郎とヤクザたちが走り寄ってきた。途端にその場は騒がしくなり、「錦組のじいちゃん」が最後に登場して、宴会すら始まりそうな勢いになってしまった。
源十郎は、そんな賑やかな場面の中で、しばらくいるかと春海を見つめていた。
彼が呆れたように、そして時には表情を柔らかくして彼女に何か話しかけて、彼女が彼を見上げ照れたように笑っているのを……源十郎はしばらくの間、じっと見守っていたのだった。
その後、何とか騒ぎが沈静化して錦組宅に落ち着いた源十郎は、気力も体力もすっかり回復したような祖父に告げたのだ。
「いるかさんは家に帰るよ、おじいちゃん。彼女には、帰る場所がちゃんとあるんだ」
◇
「しっかし、兄ちゃん。あん子はなかなか、大したおなごしばい。あんたもえらいやったね」
「……はあ……」
「兄ちゃん、あげな子はあんまし目ば離しちゃいかんばい」
「……離してないと思ったんですけどね……」
「さすがに、きつかかい?」
「……さすがに、疲れましたね」
「まあ、見つけたんやけん。よかろうもんか」
「はあ……」
「ああ、やだ。早くしないと春海がまた怒る……」
二番星の金次郎と春海がトラックの中で待っている間、いるかは、白い衣装を脱ごうと一人で悪戦苦闘していたのだった……
*****
オチが中途半端なところで終わっていますが、トラック騒動~ラストシーン間の妄想ってことで……
ここで家出の理由を春海が知ってしまう訳にもいかないので、ひたすらドタバタって感じですかね。
それにしても、電気クラゲかい、春海。
自分で書いてて笑ってしまった。
[17回]