[5回]
四月になれば彼女は/Engage-1(家出その後シリーズ5 PART1)
……うーん。ちょっとクドいよ、このタイトル……と思っても、実際のところ脳内で一応区切りはしているのです。
本当なら一気に書くべきなんでしょうが、それが出来ないので仕方ない……
「その後シリーズ5」=お見合いまでの過程
「その後シリーズ6」=お見合い
上記すべて、タイトルとしては「四月になれば彼女は」になります。
「その後シリーズ7」=山本さん苦悶の耐久レース……
これの総括タイトルは「踏破」(仮)なんですけど、変わるかもしれません。
しかし、耐久があまりに長期間に渡るので――何しろ、高校時代はきっちり清く正しい交際をしてもらうので――このシリーズ7は時系列を詳細には追わない予定です。
だって、二年もじっと我慢の子なんですよ。
それを時系列通り、細かくしつこく描写するなんて、そんなサディスティックなこと……あまりに可哀想じゃないですか……
(と言いながら顔が笑っている私)
シリーズ7の行き着く先は「Engage-3」です。
現在、いるかと春海はそれぞれの親と戦っていますが、最後に待ち受けている敵はいるかにとって春海、春海にとってのいるか、です。
彼らの人生ではじめての、そして最大の戦いが待っている。
最後のエンゲージ(敵機との交戦)は「いるかVS春海」ということで、まあ……この曖昧な文章の行間に含まれたものを感じ取っていただければ幸いです。
私は、この作品において、いるかと春海の「異性でありながら対等」という関係性がかなり重要だと思っておりますので――たとえ、いるかの身体能力が少女マンガ的ご都合主義であっても――好きだ、愛しているという二人になっても、どこかでライバルという意識は保ってほしいんですね。
それが、互いを高めあうことになりますから。
これは私自身の性格の投影かもしれませんが、お見合い後に恋敵がどうこう、というような展開もありません。
原作において、それは巧巳の件でほとんど答えが出ていると私が考えているからです。
あとは、オリジナルキャラクター作るのなんて、めんどくさいよ! という、あまりに情けない理由がいちばん大きいんですけどね……
そうですね、要するに……私は「敵は自分自身だろう」と思う性質でして。
結局、最後には二人だけの問題になると思うし……これも実は、原作ですでに示唆されている問題なんですよね。
相手を信じられるか、そうでないのか。
だから、いるかと春海というのは、実はもう原作でとっくに、人生に起こり得る試練を擬似的に乗り越えているのだと考えてしまう。
もちろん、学校内でのトラブルを今後の彼らの人生すべてに当てはめるって訳にはいきませんし、春海やいるかに性格的欠陥がまったく無いなんてこともあり得ない。意見の食い違いだって起こるでしょう、二人でいてもケンカだってするでしょう。
(ここらへんは、「はじまりの汽笛」ラストでちょこっと書いていますが)
大人の面倒な事情は、かなり、今後も二人を(特にいるか)を悩ませると思いますが、これはもう仕方ない、不可避の現実だから。
親が代議士、外務省官僚、そして祖父が教育者、理解者に里見理事長と私学連会長とか、もうほんとクドすぎる環境だから仕方ない(笑)。
それを何とか、完璧じゃなくてもいいから、二人で乗り越えてほしいなと思う訳です。
だからまあ、山本さん、これから頑張って下さいね。
場所問題は解決したよ。倉鹿に決定したからね。
非の打ち所のない結論だろう!? そうだと言え!
ネームもついに出来上がったよ! 嬉しいだろう! そうだと言え!
「…………(で、それが日の目を見るのは何年後なんだ?)」
もうデジタル仕様(サイト仕様)に慣れてしまったとは言え、私は文章や本に関してはアナログ至上主義者です。
「日本語の本なら右開きに決まってんだよ、左表紙のノートとか本とかふざけてんじゃないよ! 学生時代だって疑問に思ってたんだよあたしは!! 横書きとかなめてんじゃねえよ日本語小説なら縦書き製本が当たり前だろおおおおお!!」……とか、今でも往生際悪く(心中で)叫んだりしています。
私がコピーでちまちま小説本を作るのが趣味なのは、そういう理由も大きいです。
横書き日本語の小説本とかあり得ないわー、絶対ないわー。
え? ケータイ小説本は横書き(しかも左表紙始まり)だろうって?
私はあれが大っ嫌いです……
他人様が何をどうしようと、それは別にどうでもいいんです。自分が絶対いやなだけ。
とにかく、
小説は縦書き!!!