ごめんね、ごめんなさいって言う前に遮られた。
これはもう俺が決めたことだから――という前置きのあと、いつもの春海らしい声が決定事項を告げる。
そう……あの、冷静で断固とした声。
「俺は間違ったことは言っていない。絶対に譲らない」と言いたげな……修学院に転校したばかりの頃、何度も何度も聞いたことのある声。
『里見の高等部を来年受験する。徹ともちゃんと話し合って納得してくれたよ。それで、親父からさっき電話があって……引越しのこととか、できれば藍おばさんにも来てもらいたいとか、この家を残してほしいっていうことも――俺たちの希望は全部言った。院長と松平先生には明日話そうと思ってる……だからやっと、おまえに電話できると思ったんだ。俺は、もう全部決めたから』
こんな声を出す時の春海は揺らがないし、誰にも動かされない。
あたしはそれを、経験的に知っている。
どんなに泣いてもわめいても、春海は意思を枉げない。そう、あたしは知ってる……決めたと春海が言うのなら、それはもう決まったことなんだ。
『来年、徹もいっしょに東京に行くから。――まあ、こればっかりは断言するのもどうかと思うけどさ、受験に受かればの話だからな……でも、俺は行くよ。絶対に』
そうだね、あたしは知ってるよ。
こうと決めた以上、春海は全力を尽くすだろう。
だから来年、きっと春海は東京に来る。
『そう言えばさ……俺も驚いたんだけど、里見の高等部って共学なんだぜ。おまえ、知らなかっただろ? 男子女子で分かれてるのって、中等部だけみたいなんだ』
――顔が見えない分、声がはっきり気持ちを伝えてくれるってことがあるんだね。
春海は今、「そう言えば思い出した」みたいな言い方をしたけれど、そうじゃないことがあたしにはよく分かった。
今日いちばん言いたかったのは、そのことなのかな……って。
あたし……あたし、てっきり男子校だとばかり……
だってじいちゃん、男子校って言ってたのに!
え? 中学と高校で違うって何それ。そんなことあるの? 本当に?
それならあたしも……あたしが自分で決めさえすれば、たとえ可能性はたった1%だとしても、ゼロじゃないってことなの?
今から猛勉強しても、残ってる時間はたった半年。それでも――それでも可能性が少しでもあるのなら……
あたしも春海みたいに、誰に反対されたって絶対そうするから!
今、そう言わなくちゃ……
『――静かすぎて』
それまで、きっぱりとしていた春海の声がふいに変わった。
まるでため息のような……ささやくような……
『寂しい』
頭が、真っ白になってしまう。
あたし……何を言おうとしてたんだっけ? どっかに飛んでいっちゃった。
胸がぎゅうって引き絞られるみたいな……そんな感覚。
心臓が痛い、痛いって叫んでるようだった。
あたしも寂しい。あたしも会いたいよ……みんなに会いたい、春海に会いたい……そう思って泣きそうになった瞬間、春海は最後にこう言った。
『もう、ごめんって言うなよ。おまえは悪くない、それぐらい俺も分かってる……だから決めたんだ。おまえが倉鹿にいられないなら、俺がそっちに行くから』
今度は、あたしから電話をかけよう。
そしてあたしも――今は胸がずきずき痛くて、苦しいからとても言葉にできない決意を、春海にちゃんと言おう。
最初から諦めたりしない。
たとえ最後には失敗しても、あたしも全力で春海に応えたいって思うから。
……あたしも決めたよ。
誰が何と言おうと、里見高等部を目指す。受験するだけはしてみせる。
父ちゃんと母ちゃんは、なんであたしがそんなことを――あまりにも無謀なことを言うのか分からずに驚くだろう。かもめやタクマも、気持ちは分かるけどあたしにはとても無理……って思うかもしれない。
みんな笑うかもしれない。
だけど、春海だけは分かってくれる。
「あたしも春海と同じ。寂しくて死にそうだよ」
会いたいって叫びたい。
いっしょにいたい、できるなら同じ高校に行きたいって……
春海はきっと、待ってる。
あたしがそう叫ぶのを、倉鹿で待っている。
[35回]