「せっかく、きれいな月なのに。なんで、全然、窓の外見ないの?」
「月見に来たんじゃないから」
「……月見に来たんでしょ? お菓子持ってきてくれたくせに」
「うるさい。そうやって、分かりきってること一から言わせて、面白がって」
「そんなんじゃ……」
「そうなんだよ。愉しいんだろ? 俺が毎回、言い訳考えて……焦ってるのを見て」
「……」
「おまえ」
「……なに?」
海は、ため息まじりに笑った。
何を望んでいるのだろうと──ここまで来て。
月は頂上まで昇りつめた。それをずっと待ち続けていたはずなのに、なぜ今、過ぎ去った幼い月齢の姿を視るのか。
あの頃を思い出すのか。
月の首筋に指を這わせて、海は低く囁いた。
「……おまえ。今のおまえ……女、だな」
「……そうだよ?」
朗らかに月は答えた。
「そうだよ、最初から。……変なの」
「じゃあ、俺は……?」
おまえにとって、俺は男か?
狂わせてと強請ってくれるのか?
私をこんなふうに開くのはあなただけ……そう、言ってくれるか?
「海だよ。いちばん広い海」
「……」
「もっと遠くに行ける気がする。終わりが見えないから……でもね」
月は首を傾げた。
「広くて大きくて、何でも受け止めてくれて──優しいのに、ときどき嵐になっちゃうの」
「ずっと嵐のままでいい、俺は」
「だめ、だめだよ。ちゃんと、言うこと聞いて」
「……」
「だって」
月は自分の胸を指し示しながら、
「海は、ここにあるの。だから……海が暴れたいってだけじゃ、嵐にはならないよ。ひとりだけじゃ、嵐になれない……」
海は月を抱き寄せて、その胸に熱を残した。
そう、海は月に抱かれている。
引力は月の思い通りに。言いなりに。
海は月の一部であり、月なしでは生きていけない。
夜空に浮かぶ黄金を、海は仰ぎ見た。
あの星が恋人であるなら、自分も星に包まれ、育まれている。百年、千年、もっと永久の時を共にする──
夜に属する、女に属する天体で最も広大な海。
その名は、嵐の大洋。
[12回]