[12回]
――おいしいって言ってくれて、恥ずかしかったけど嬉しかった。
味見する?って言われて、返事をする前にキスされた。
その時の顔。今まであんまり見たことがなかった。
拗ねてるの?
突き飛ばすなよって、舞台のこと怒ってるの?
だってだってだって……
あんなこと、みんなの前で。びっくりするのは当たり前じゃん。あんなこと、春海がするなんて思ってなかったんだから……
「……」
まだちょっと……子供っぽい顔してる。
「……」
すごく長く、そして一瞬に思えたキス。どんな顔して春海を見ればいいのか、分からない。
分かんないよ。恥ずかしい。
でも……
でも、でも、あたし……そう、分かってることもある。たったひとつだけ、自信を持って言えるのは……
あたしは、この人が好きだ。
――頭の中は方程式とか単語の綴りとか歴史の年号ばかりで埋め尽くされて、それでも忘れられるはずのない寒い2月の一日。
今月、会える日があって、良かった。
たとえそれが、受験の日の当日であっても……
慌しい一日がなんとか終わり、じゃあ、また発表の時に来るから、と言いかける春海に、お店で買ったチョコを渡した。さすがにこんなスケジュールで手作りは無理だったんだ、ごめんねと言いながら。
(でも絶対、あたしの作ったのよりお店の方がおいしいよ)
春海はちょっと驚いたようだった。
おまえ、今年はそれどころじゃないと思ってた、と言った。そしてすぐ付け足した。
嘘だよ。もらえて嬉しいよ。
またすぐに会えるから、じゃあな。
そう言って、手を振ってくれた。
受験とバレンタインが重なるなんて、あたしには荷が重過ぎるとつくづく感じた一日だった。でも、あたしはやっぱり何度も心の中で呟いた。
あたしは、春海が好き。
無理かもしれない、でも、次の春からもいっしょにいたい。
春海はここまで来てくれた。
自分だけのことで済まない大変なことなのに――東京に行く、里見を受験するからって言ってくれた。
だから、あたしも応えたいの……
――それから一年経って、やっぱり頭の中は「絶対、進級!」で埋め尽くされていた2月の寒い日。
心の片隅には、それ以外にもずっと大事な予定が棲みついていた。春になったらあたしは……
あたしと春海は……
それはともかく、2月が先だった。
テストからは解放されたけど、次に待っていたのはバレンタイン。ほんと、緊張する行事ばっかり続いてしまう。2月って何なんだろう。
……毎年、こんなに緊張するあたしがおかしいのかな?
不恰好なあたしのチョコレート、でも必死で作ったチョコレート。春海が喜んでくれたらいいな。
笑ってくれたら嬉しいな。
あたしも春海も、それぞれ人から山のように贈り物をもらったけれど、持ち帰ることのできる量じゃなくて、結局、生徒会室に置いたまま。
帰り際に、玉子や巧巳が笑っていた気がするけど――あたしと春海を見ながら――もうそれどころじゃなかったんだよね、あたし。
中を今見ないでね。
お願いだから、今は開けないで……
あたしへの答えは、長い長いキス。
どうしてこんなに長いの、って聞きたかった。
だけど聞けなかった。
ふいに泣きたくなった。味も形も保証できないチョコレートなのに、こんなに喜んでくれるなら、苦しくても、まあ、いいかって。
息ができなくたっていいよ、あたしも嬉しいから……
大好き、大好き、大好き。春海……
「ありがとう……」
「……うん」
「ありがとう、いるか」
「うん……」
手を重ねて笑い合う。
来年の2月も、次に来る2月も、ずっと緊張したって構わない。あたしのそばに春海がいればいい、笑ってくれたらそれでいい。
下手くそな筆記体の英語のカードは、ほんとはやっぱり、家に帰って春海ひとりで見てほしかったけど……まあ、いいや。
ふと、春海があたしを見て、言った。
「今日って、如月の十四日なんだよな」
「え?」
「旧暦二月の名前だよ。いい一ヶ月だよな」
*****
以前、リアル学習院の受験日が2/14、と見た覚えがあるので、いつかネタにしたかった。まあ、この年はさすがに手作りは無理でしょう。
如月の十四日、というのはあくまで現代のまま日にちを当てただけです。
(旧暦二月って、現代の一月ですからね)