[29回]
今まで知らなかった、あたしは何も知らなかった。
男の子の胸がこんなに逞しくて、熱くて……何も考えられなくなるなんて。
抱きしめられただけで、こんなにはっきり気持ちが伝わるなんて。
あたしの気持ちも、知ってほしい。
だけど勝手に涙が出てきて、止められない。
こんなに強く抱きしめられて、ごめんって囁かれて。
あたしに出来るのは、あたしも春海をぎゅっと抱きしめること……
春海のためだから、引き止めちゃいけないって思ってた。
だけど胸が痛くて痛くて――春海がいなくなった後のことを考えたくなかった。
春海のいない修学院なんて、あたしの知ってる修学院じゃないもん……
春海の将来のためだって言われたら、あたしには何もできない。そして、そこは追いかけることも許されない場所だった――いくらむちゃくちゃなあたしだって、男子校には入学できないし。
とても、つらかった……好きだからっていうのは理由にならないんだ。
じいちゃんが言った。好きだからこそ、その人のことを考えなくちゃいけないんだって……
だから、最後まで泣かないって決めてたんだよ。
でも、もう、いいんだよね。……泣いてもいいんだよね?
「なあ、もう泣くなよ」
「――うっ、ひっく……」
「本当にごめん。――だから、泣くな……」
「……」
強く強く、抱きしめられた。
だからあたしも、春海の背中を抱きしめた。
あとから考えたら、とんでもないことをしてしまったと思ったけど――だって、みんなに見られてたわけだから――その時は、乱闘の名残で少し息を弾ませながらあたしを抱きしめて、ごめんって謝る春海しかあたしの世界にいなかった。
ずっと泣きたかった。
行かないでって言いたかったんだ……
あたしの気持ち、どうやって伝えたらいいんだろう。
……なんて強い力なんだろう、めまいがしそう。
こんなにもはっきりと、伝わってくる。
春海の腕が、手が、胸が言ってる。言葉にしなくてもあたしには分かる。
だから……
あたしも、春海に伝えなきゃ。この手で……
さっきの言葉が本当なら、お願い。
もう遠くになんて行かないで。
どこにも行かないで。
好き……
どこにも行かないで。
◇
マリアはトニーを失ってしまったけど、あたしの隣には今、春海がいる。
(好きだ……)
くちびるが教えてくれる。
言葉にしなくても、分かる。
生まれてこのかた、ずっと乱暴でケンカばっかりしていた。
男の子を好きだとか気になるとか……同級生たちがきゃあきゃあ言いながら話す初恋なんてものに無縁だったあたし。
そんなあたしでも、こんな気持ちになれるなんて。
胸がぽうっと、熱くなって……ずきずきして、少し痛い。
これは、春海がいる限り治りそうもない痛みだと思った。
きっとこれから、あたしの内で大きくなっていくんだ。でも……だから、それが何? そんなこと、もう、何の障害だとも思わない。
誰かを好きになったら、もうどうしようもないってことをあたしは知った。
どんなに泣いても、それでも止められないってことを初めて知った。
痛いけど好き。痛いから好き……
(好き……あたしも好き)
まだ少し寒い、春の中で。
初めて触れた春海のくちびるは、あったかくて、優しかった。
*****
もしかしたら、West Side関連の捏造話って春海視点オンリーなのでは……と気づいて、いるか一人称を書いてみました。
これはこれで、かなり長いこと下書きエディタにあった内容です。
そうか、いるか視点のWest Sideは記事にしたことがなかったのかー!
気づくのが遅いよ! 私!