「やれやれ、困っちゃったなあ」
「断れよ」
「だって、本当に困ってるみたいだったからさあ。とにかく一回、本読みだけでもつきあってほしいって、演劇部総出で泣きつかれちゃったんだもん」
「断れよ……」
「まあ、いいよ。一回ぐらいなら」
「……」
「ちっちゃいのがいい――って、そこがちょっと引っかかるんだけどさ。まあ、これも務めのうちかなあって。なんで変な顔してんの? 軽音に引っ張り出されるよりは、お芝居の方がまだましだよ」
「まあ、なんてきれいな人」
「君こそ、なんて美しい人なんだろう。それに、僕と同じぐらい小さくて……なんて可愛い人だろう。お名前を聞いてもいいですか?」
「サンベリーナといいます」
「サンベリーナ……」
いるかの手を握りながら、王子役の演劇部部員がささやいた。
「ああ、こんな可愛い人を今まで見たことがない――」
「まあ!」
いるかは必死で、台本と相手役を交互に見ながら台詞を続ける。そのせいで幾分、棒読み気味ではあった。
「わたしこそ、あなたのような方を見たことが……ありません。王子様……」
「僕の妃になってくれませんか? そしてすべての花の女王に」
「………………」
台本を手に、部室で主役二人の場面を見ている部員たちが、さっきから何度も廊下側を振り返っている。
「――なんで山本会長までここにいるんですか? 部長」
「さっきからずっと、ものすごい顔して微動だにしないんですよ。怖いんですけど」
「無難なアンデルセンだし、映倫に引っかかるはずないですよねえ」
「ばか、あたしに聞かないでよ。……仕方ないでしょ、題材が題材だし、王子が小柄なんだから親指姫はもっと小柄じゃないと絵にならないじゃないの」
三年生の演劇部長は後ろを見ないようにして、部員たちに言い返した。
「如月さんをこのまま何とか引っ張り出せたら、文化祭で賞も狙えるわよ。そりゃあ、生徒会に女子サッカー部のイベントもあるし、如月さんが忙しいのは分かってるんだけど」
「王子様、わたし幸せ……」
その声が聞こえた途端、廊下側の窓からずっと稽古を見ていた生徒会長が歯軋りをしたような音がした。部員たちはびくっとして、思わず振り返ってしまった。
しかし、予想に反して生徒会長は笑っていた。
「いい劇ですね、先輩方」
「ま、まあ、山本くん。そう言ってもらえると嬉しいわ。如月さん、チューリップの衣装がすごく似合うと思うの……まあ、高等部でアンデルセンなんて、ちょっと幼いかもしれないんだけど」
「そうとも限りませんよ。普遍的ですからね、おとぎばなしっていうのは……」
「ああ、サンベリーナ。僕の可愛い人。結婚してくれますね?」
「はい。わたし、あなたのお妃になります。王子様……」
「………………」
笑顔を崩さないまま、台本の内容にいちいち反応する生徒会長に恐怖を抱き、演劇部が泣く泣く如月副会長の出演を見合わせたのは言うまでもない結末だった。
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今日の気分は「雑魚に(必要以上に)嫉妬する春海が書きたい」ということで、文化祭ネタをお送りしました。しかし相変わらず、本筋として文化祭を書く予定はありません。
サンベリーナ=親指姫のことです。
[20回]