やれやれ、何とか脳内1987年の世界に復帰することができました。
ただいま夏のラストセール……じゃないラストスパート中。
もうしばらくお待ち下さい。
「境界線」前編って二ヶ月以上前なんですよね。
倉鹿の夏休み一週間でも、こんなに空いた回ってあったかなあ……と思って調べたら、普通に二ヶ月ぐらい空いてましたわ……
(ACT2-30から2-31まで)
それ以外は、だいたい月1回ペースなんですけど。
ほぼ日刊ならぬ、ほぼ月刊リリコ(妄想)新聞か。私はMDノートダイアリー派なので、ほぼ日手帳は使ったことがないです。
最近ワープを書けない(書かないのではなくて、書けない)理由は、自分ではまあ薄々分かってはいたのですが、今回の「境界線」ではっきりしました。
つまり私は、苦悩の過程をすっ飛ばしていちゃいちゃしているワープより、苦悩の最中でキスもできず手をつなぐのが精一杯とか、本音を言えないじれったい会話とかデートとか、どうもそういう二人に燃えるみたいです。
当たり前と言えば当たり前で、これが本来あるべき時系列。
この恐ろしく長い苦悶の時期を経てこそ、来るべき「その時」にようやくカタルシスを昇華できるのだ。
(特に私は春海と同調しすぎているので、「その時」を迎えたら彼と一緒に燃え尽きてしまいそうな気がする。割と冗談抜きで)
やはりワープはワープ、おいしいとこ取りにも限界がある。
確定した過去があるからこそ(完全な捏造ですが)いま現在を書いていて燃えるってことですね。
これまでも、自分でも呆れるほど細かいイベントをいちいち書いてきて、見合いまでたどり着けるのかよこれ……なんて思ったこともありましたが、家出後から春海の挨拶(如月家)までの過程を全部書いたからこそ、私の中で世界が固まったっていうのがある。
親父とバトルさせたからこそ、今の山本親子を描写できる。
細かいことが全部、私の中でしっかりした骨組みに変わっていくのです。だから、もう仕方がない。それこそワープしたい気持ちをぐっと抑えて二人の季節を書いていきましょう。
もっと文章の技術があれば、ある程度ワープしつつ時系列を追う……なんてことも可能なのでしょうが、私には無理だなあ。
何というか、余白を作るのが下手なんだろうな。
情緒ある余白、空白。行間にも文字が見える、みたいな……
理想は理想として、今の自分にできることを地道に進めていくしかない。
そういう訳で、いるかがこんな早い時期に、しかも具体的な春海の訴えまで聞いて「自覚してしまう」という展開には恐らく皆様も異論などおありでしょうが、あくまでもこれは小林りり子のミクロな世界。
そういう流れもアリかもね、選択肢のひとつではあるかもね、という広いお心で受け止めて下さると嬉しいです。
こんなに時系列にヒイヒイ言ってるくせに、小林りり子はまた新しい悪巧みを思いついたのであった……
ヒントはブログの右サイドバーにあるですよ……
でも、当分はそれどころじゃないです。
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