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こちらは、大昔の少女マンガ「いるかちゃんヨロシク」をお題とした二次創作ブログです。目指せ! 春海しあわせ計画。 ☆絵と文章:小林りり子☆ ★閲覧の際はご注意下さい★ 激しくポエム、激しく自家発電、激しく自分絵(らくがきレベル)。突然、時系列をワープする無節操さ、唐突なファンタジー設定、微妙にR18要素あり。
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 前回までのあらすじ(いや、れっきとした本文なんですけど)

 重ね重ねの三乗で、こういう形での再開は望んでいませんでした。
 しかし当ブログ内で私にできることと言えば、こんなささやかな創作しかありません。しかも一次創作(いわゆるオリジナル)なら多少は胸を張れもしましょうが、他人様の何やらで相撲を、ではなく、二次創作を書いているだけですので。
 とりあえず、前置きはこれぐらいにして、再開したと思ったら何の事件もオチもなく終わりそうな──というか、必ずそうなる──小粒極まりない話ですが、「長文なのに小ネタ」という奇妙な展開込みで楽しんでいただければ嬉しいです。
 なお、今回は「毎日更新」ではなく「随時更新」とさせていただきます。

 この寒波、そして再びの非日常。
 読者の皆様には、くれぐれもご自愛下さいませ。

 あと、この話は時系列カテゴリーではありますが前回同様に全公開です。
 URLは以前と同じ140serialization(年度は別)にしておりますが、今回はもう140字にはこだわらないようにします。
 まあ前回の終盤ぐらいからほとんど気にしていませんでしたが……
 では、7か月半ぶりの続きをどうぞ。
 少しでも皆様の憩いとなりますように。


拍手[9回]







 ◇



 床に寝転がり、毛繕いらしき仕草を延々と続けている猫に注目が集まった。戸川が説明をし、一旦食べ終わった一同は静かに席を立つ。
 さりげなく猫たちの縄張り近くに座り込み、本やボードゲームを手元で広げていく。
 リラは悠々とマイペースだが、対照的に子猫のミルはとにかく活発で、一瞬も停止していられないようだった。小さなボールで遊んだり、水を飲みに行ったり、キャットタワーに登ったりと忙しい。
「ミル?」
 戸川が、子猫のいる方に向かって名前を呼んだ。
 まるで茶色の小さな毛玉が移動しているように見える。──飼い主以外の目には。
「おいで」
 構ってもらえるのが嬉しいのか、それとも彼らのことも「遊び道具」と認識しているのかは不明だが、子猫はそばに寄ってきた。
 飼い主に撫でられたあと、正美といるかの間に入り込み、ふんふんと鼻を動かしながら……いるかの、スカートに覆われた膝によじ登った。
「あたしのとこに来てくれた」
 いるかの大きな目は子猫に釘付けだ。
(2021.1/7)


「かわいい……」
 人は、こういう小動物に対してひとつの言葉しか知らないのだろうかとさえ思わせる。しかし実際、「可愛い」としか人々は言いようもないと抗議するだろう。可愛いものは誰が見ても可愛い、愛らしいのだと。何やらのひとつ覚えと揶揄されても仕方ないと。
「正美ちゃん、ほら、撫でてあげて……」
 大きな声を出せば子猫が逃げてしまうと思ったのか、いるかは小声になっていた。
「うん。……かわいいねえ。かわいい」
(1/8)


「やっぱり猫も、女同士がいいのかねえ?」
 巧巳が妹たちを見守りながら呟く。
「いや」
 春海が口もとを押さえて、おかしそうに返事をした。
「さっき、いるかがスコーンのかけらをスカートに落としたんだ。……多分、ジャムのついたところ。だから」
「何だそれ? うまそうな匂いの出所にくっついたってことかよ」
 正美に誘われて徹もミルのあごを撫でたり、背中をさすったりしている。むくつけき──とまでは行かないにせよ、若い男などというものは野暮で無骨だと一括りにされがちだ。そんな年齢の巧巳と春海は、顔を見合わせて再び笑った。
(1/10)


「もう、春海。落としちゃったって言わないでよ」
 もちろん二人の会話は筒抜けなので、視線だけは子猫に落としたまま、いるかが言った。
「うつむかないで取ったから、誰も見てないと思ったのに」
「見えたもんはしょうがないだろ」
「ミルちゃん、あのひとねえ。猫抱っこするのが下手くそなんだよ」
 唐突な攻撃に、春海は絶句した。
 恐らく彼女は仕返しのつもりではないのだろうが……
(1/12)


 子猫はいるかのスカートの、巧巳いわく「うまそうな匂いの出所」あたりを前脚で何度も引っ掻いている。
「え、そうなの? 春海お兄ちゃん、猫にさわったことあるの?」
 正美の質問には、当人の兄ではなく弟が答えた。
「僕も見てたよ。うちの庭に入ってきたことがあってさ。多分のら猫だったと思うけど……うん、お兄ちゃんあんまり上手じゃなかったかも」
「そうそう。こわいもの触ってるみたいな顔してたもん、あのとき。あの猫だって可愛かったのにねえ」
(1/14)


「あの猫、茶色だったよね? いるかちゃん。この子ほど小さくはなかった」
「うん。ミルちゃんの方がずっとちっちゃい」
 徹といるかの掛け合いが終わったと見て、巧巳が真顔で──しかし目が大いに笑っていたので中途半端な演技だった──言った。
「抱っこが下手くそなの? おまえ」
「……あいつらの評価はそうらしいな」
 その数秒で春海は、理不尽とも言える彼女の訴えを記憶と結びつけることが出来たようだ。
(1/15)


 その時、なぜ下手だったのか、どういう心理だったのか等々の言い訳は一切せず、春海はため息をついた。
「だったらこの際、訓練してみれば?」
「猫に慣れる必要性がどこにある」
「いやいや、おまえならその気にさえなりゃ何でも出来るって。そうだな……ベビーシッターとかでもな」
 巧巳は面白そうに親友を見る。
「社長とか、百貨店の凄腕の外商とか。まあ、おまえはどう考えても外商に接待される側だよな……はたまた芸術家、職人──それともレーサーか?」
(1/16)


「そこで代議士、総理大臣って言わないところがおまえの優しさだよな。巧巳」
 からかいに付き合うつもりはないのだろう。春海は一突きで巧巳を黙らせた。
 いるかと子供二人、戸川は二人の応酬の半分は意味が分からず、というより動き回る子猫に気を取られて深刻に受け取ってもいない。特にいるかや徹にとっては、「二人がまたやってる」というぐらいのものだろう。
(1/18)


「だったら嫌味で追加してやる。プロ野球選手、一年目から堂々のエース」
「……」
 巧巳は、春海がその道を決して取らないことを知っている。そしてもしも春海が「その気」になれば実現可能だということも、知り尽くしていてこその自称嫌味であった。
「……なるほど。代議士よりは効いた」
 しかし、彼らの間ではこれも、深い信頼関係があってこそのやり取りだ。その証拠に、巧巳は春海の返事を受けて笑う。
(1/19)


「だろ?──ま、何より甲子園が先だけどな」
 彼は腰を上げ「猫を囲む会」の方へ行ってしまった。
「どうだ正美? 残念ながら今の我が家じゃ無理だけど、おまえがどんどん元気になったら、猫……にしろ犬にしろ、家族が増えるってのはあり得ない話じゃないぞ」
「うん、お兄ちゃん」
「だからおまえが先に、猫の世話できるぐらい元気にならないとな。……と、いうか」 
(1/21)


 巧巳は肩をすくめた。
「『家族が増える』か……それじゃ猫っていうより、まるで未来の徹のことみたいだなあ?」
 徹は巧巳をまっすぐに見ずに、早口で「そういうの、もういいから。巧巳兄ちゃん」とだけ言った。正美はそんな徹の様子を正視していて、小さく微笑んでいた。
 春海は事細かに弟妹たちの表情を窺えない場所で見守っていたが、何歳であっても女は女という生物なのだな──などと考えたのだろうか。それは誰にも分からない。
(1/22)


「まあ、しかし、戸川。……じゃねえな、戸川氏」
「は、はいっ」
 巧巳は外見に反して──と言うと語弊があるようだが──相当気遣いの人であり、凝り固まりそうになった空気を変えるべく、その話題の違う一面を示してみせたり、あるいは丸ごと切り替えてしまう采配は実に見事なものだった。春海にも当然備わっている資質ではあったが、巧巳本人曰く一度は「落ちるところまで落ちた」という人生経験がものを言うのであろうか。
「実際見せてくれて、ありがとうな。こりゃ本当に、可愛い以外に言いようがない訳だ」
(1/23)


「いえ、とんでもないです。妹さんに喜んでもらえるのが一番なんで」
 戸川は今年度の一年生なので、去年、手術前だった正美の病室を訪れた野球部メンバーではない。極めて困難だと予想された彼女の手術の経緯もほぼ知らないが、春海と並んで現野球部の「2人の主将」と称される東条巧巳自身の背景については熟知していると言っていい。
 旧体制崩壊からの新時代到来が既に伝説化していることもあり、新一年生ではあっても──ましてや中等部野球部部員あれば当然──旧体制の犠牲者から這い上がった先輩への尊敬の念が強いのであった。
(1/24)


「本当、うちは大歓迎なんで何回でも遊びに来て下さい。あ、それと……ええと、正美さん。リラがもう少し小さい時と、あとミルがもっと小さかった時のビデオがありますよ」
「うわあ、それ見たいな。見ていいですか?」
「もちろん。じゃあ、俺用意しますね──」
 戸川が、部屋の隅にある小さめのテレビを指さした。
 実際に家族が集まる居間には、もっと大きくて立派なテレビが置いてあるのだろう。
「あ、ミルちゃん? リラちゃんも……」
 飼い主の後は追わず、二匹の猫は違う方向を揃って見た。
 集団から離れてひとりで、遠巻きに眺めているだけの春海を。
(1/25)


 首を伸ばし、今さらながら──
 誰だろう? 私たちに関心はないのだろうか? だったら何をしにここへ来たのだろう?
 というような様子で……それも春海の瞬時の解釈でしかなかったが、とりあえず二匹は春海を検分する気になったらしい。
 いるかが小さな声で、しかしはっきりと訴えた。
「春海の方見てる! ねえ、名前呼んであげて!」
「……」
「おいでおいでって、してあげて!」
「……」
 無茶な注文だな、と言いたげに春海は前髪をひとすじ引っ掻いた。そして、
「成功したら、もう下手くそって言うなよ」
(1/26)


 そう返事をした。
 しかしこればかりは、春海の思惑通りには行かない。相手は言葉の通じない生き物だ。やっぱり下手だね、上手にならないねという結論に至る可能性も高かったが──
 そもそも、ただのお遊びだ。たかが猫ではないか。
 失敗して致命傷を負う訳でもない。たかが猫──されど猫。
「……おいで」
 春海はゆっくり、猫を見つめながら言った。
「おいで。ミル、リラ」
(1/27)


 右腕を差し伸べて、春海は二匹から目を離さない。
 そのやさしい低い声は、数多の学習院女子生徒が一度は聞いてみたい、名前を呼ばれてみたいと願う種類の音色を湛えていた。
 この場にいるのは春海にとって親しい者ばかりなので(戸川は除外するにせよ)そういう声自体に驚くようなことはない。
 いるかだけは──彼女以外誰も知らない──百倍だ千倍だと容易に数値化できないほど甘い優しい彼の声を知っているのだが、今はそれについて意識するような場面でもない。
 ということで、全体の雰囲気としては「猫に不慣れな春海をあたたかく見守る会」と化してしまっているのだった。
「あ」
 正美が思わず声を出す。
 リラが、春海の声に反応した。
 彼女は優雅に尻尾を揺らしつつ、彼の方へ向かう。それにつられたのか、子猫のミルも動き出した。
「おいで、というか……」
 春海が照れ隠しのように付け足す。
「どうかこちらへお出で下さい、って懇願しなきゃだめだな。汚名返上のために──」
 座ったまま、春海は少し前屈姿勢になった。猫の目を確実に捉えようとしたのだろう。
「君らには関係のない昔話だけど、少しは同情してくれるか?」
 間近に来たリラの耳が絶え間なく動いている。
「もう」
 いるかがもどかしげに呟く。
「春海ってば、猫ちゃん相手に何むずかしいこと言ってんの……」
「……でも、ちゃんと聞いてるみたいだぜ? 内容はともかく」
 巧巳が、二匹を指さした。
「あの耳見てりゃ分かる」
「ええ、ほんとに?」
 リラは、床に投げ出された春海の手に鼻を近づける。
 ミルは子猫らしく好奇心旺盛なようで、もう片方の手首に噛り付いた。
(1/28:脳内にて巻きが入ったので以降は数日分まとめ投稿予定)


 彼の長い指は、子猫にとって恰好の玩具らしい。
 甘噛みを繰り返しつつ、指を支えにひっくり返ったりする。
「……」
 こういう時、次はどうすればいいのかと教わる必要もない。
 春海は子猫の顎を少し撫でた。ミルは逃げるどころか、彼の手で遊び続ける。リラも寄ってきた。
「今これを許してくれるということは……」
 集団の方には聞こえないように、彼は呟く。
「次はどこまで許してくれるのかな。おまえ」
 何やら奇妙な言葉と共に、春海は子猫を両手に包んだ。
 顎から首(のような場所)、そして毛の色が薄い腹を何度も、手を往復させて撫でる。子猫は仰向けになったまま、されるがままになった。無邪気で警戒心のない、みどりの目の生き物。
「わあ、よかった! ミルちゃん、春海でも大丈夫みたい! よかったねえ」
「『下手くそな春海でも』大丈夫、かよ」
 今度はしっかりと聞こえるように、いるかに返事をした彼だった。
「いいのかおまえ。そんな簡単に腹見せて……まあ、飼い主が連れてきた客なら、疑う理由もないってことか……おい、ちょっと痛い」
 噛み具合が少し強かったのだろう。しかし手の中の子猫の愛くるしさには、さすがの彼も微笑んでしまう。
 リラもひと撫ですることを許可したようで、二匹とも触れることに何とか成功した春海だった。
「一気に上達したもんだな」
「猫っていいよね、お兄ちゃん」
「よかったねえ、春海お兄ちゃん」
 巧巳と正美、徹が祝辞を述べる中、いるかが待ったを掛けた。
「あ、でも! ちゃんと抱っこしてみなきゃ。まだお腹なでただけ」
(1/29)


 いるかの言葉とほぼ同時だった。
「よし。ビデオ用意できましたよ」
 テレビとビデオデッキの前で準備をしていた戸川が、振り返って笑った。
「主将、かなり興味持たれてますねえ」
「そうなの?」
 いるかが尋ねる。
「春海が、じゃなくて、猫ちゃんが春海に興味あるんだ?」
 二匹と春海の様子に視線を戻し、いるかも声を弾ませる。
「なんだか、それ、おもしろいね」
「優位なのは自分だから、って雰囲気あるよな、猫って──」
 巧巳といるかの掛け合いを聞きながら、ふいに、春海は身動ぎをした。間合いも何もない、この場合は勢いだと言いたげに。
 比喩でなく、彼の手にかかると体重などまったく存在しないかのように、子猫が宙に一瞬浮いて、そして彼の胸に収まっていた。
 抵抗も見せず、ミルはきょとんとしている。
「よし……」
 春海は小さく息を吐いた。
「よし、よく来た……いい子だ、ミル」
 そこで初めて彼は、腕に抱いた恰好で子猫をじっくり見つめた。
「何と言うのかな……無条件で君らに降伏するような、動物好き?……ってのと、俺は違うと思うんだけど」
 話しかけられていることは理解できるのだろう。ミルも彼を見上げて、耳をぴくぴく動かしている。
「そう思ってたけど……」
 ひとつの言葉しか当てはまらない。言いようがない──そんな生き物が、この世には恐らく、多数存在するのだろう。
 猫だけでなく犬でも、鳥でも。どんな生き物でも。
 種が違っても、同じ世界に属する同士でも。
「三年前からそういう、俺はこうあるべき、なんていう下らない考えも破壊され尽くしたしな……今さら」
 それはほぼひとり言だったので、同じ部屋内であってもいるか、巧巳たちには聞こえない。
「もう、またぶつぶつ言ってる!」
 すでに高校二年生にもなり、思春期ならではの悩みも尽きない時期。昔ほど単純明快ではなくなったが、やはり彼とは違って勢いで行動しがちないるかがすっくと立ち上がった。
(1/30)


「なんにも難しくないよ。かわいいって、いっぱい言ってあげたらいいの」
 春海のそばに座ったいるかが、リラを抱き上げた。
「ね? リラちゃん、ミルちゃん。褒めてくれたら嬉しいよねえ」
「……」
 春海の目にはどう映ったのか。
 ふわふわと柔らかい髪の毛、大きな目の生き物がまるで同族のような二匹を従えている。そして彼をまっすぐに見つめる。
「どこ見てんの、春海。──ほら、かわいいでしょ」
「うん」
 春海は、いるかの言葉をそのまま返した。
「かわいいな」
「ほんと可愛い。どれだけ言っても足りない感じ! ちゅっちゅってさせてね……」
 彼女が交互に猫たちの鼻に軽く口をつけたのを、若干疲弊したような表情で彼が見た。
「……それで?」
「なにが?」
「何がって、だから、少しは上手になっただろ」
「ええ? 別に上手っていうほどでもないでしょ、ほとんど初めてなのにさ。こんなの、まだまだ人並みじゃん。戸川くん以外はみんな同じだよ」
 昔の評価を気にする彼を軽くいなして、彼女は「準備してくれてるから、ビデオ見よ。ね」
 と、座り込んだままの春海の腕を引っ張るのだった。
(1/31)



 ***

 その後ビデオを鑑賞したり、実物の猫と戯れたりした一同は、夕方近くになって戸川家を辞去した。
 後輩と、その母親の手厚いもてなしにも感謝を述べた。猫に触れたい欲と同時に食欲も満たされた訳で、申し分のない日曜の午後だった。
「夕ご飯、いつもの時間に食べられるかなあ? まだお腹いっぱい」
 正美が巧巳を見上げて言う。
「大丈夫だって。駅までこうやって歩いてるんだし──いるかみたいにメニュー全制覇もしてねえし」
「いいじゃん。だって、ほんとおいしかったんだもん」
「ま、あのお母さんも喜んでたしな」
 いるかほど、菓子でも料理でも作り甲斐のある食べ手はいないのだろう。戸川の母親は全員に残った焼き菓子を土産にしてくれたが、いるかの分にはスコーンがいくつも入っていたのだ。またいらして下さいね、という言葉と共に。
「これ明日のおやつね、学校に持って行こ。……ん?」
 ふと、いるかは隣を歩いている春海を窺った。
「どうしたの?」
「ん? 何が」
「えっとね……もしかして、退屈だったかなあって」
(2/1)


「そんなことない、十分楽しんだぞ。めったにできない体験だっただろ」
「うん」
「大体、今日は正美ちゃんが主役なんだから、俺のことなんか別に……だから、強いて言うなら……」
 春海は咳払いをした。
「前より上手になったってことだけは、上書きしとけよ」
「うん」
 彼が無理をしている様子には見えない。しかし、いるかには感じるところがあるのだろうか。それとも、ただの気まぐれか。
「やっぱり、おうちのある猫ちゃんだからかなあ。何て言うの? あれ。……見に行ったのはあたしたちなのに、逆に見物されてるっていう感じ……」
 少し前を歩いている東条兄妹と徹の集団では、再び、未来の予想図とやらの話が蒸し返されているらしい。しかし徹も今度は黙っておらず、仮名としての義兄と妹婿の応酬が、現実的に婚約成立したふたりの耳にも入ってくる。
 いるかは、自分の感覚に当てはまる言葉を探しているのだろう。眉を寄せていた。
「あの子たちねえ、なんだか……えっと……」
「ゆっくり考えろ。出てくるまで待つから」
「考えるよ……こういうとき、生きてる辞書みたいな春海がうらやましい。いつもそんなふうに余……」
 ふうっとため息をつき、次の瞬間、彼女が小さく叫ぶ。
「そう! 余裕!」
「余裕?」
「そう、あの子たちって余裕があるんだよ。倉鹿で見た猫も、そんな感じはしたけど……戸川くん家のは、もっと」
(2/2)


 静かな住宅街を抜けて、車が行き交う大きな道路に出る。戸川家からの最寄り駅が見えてきた。
 春海は曖昧な表情をして、いるかを見た。
「猫に余裕、ね……詳細を聞きたいような、聞きたくないような」
「? 今日の春海は変だねえ」
 さっきから難しく考えすぎじゃないの、といるかは笑う。
「ビデオ見てる時も変な顔してたし……」
「……」
「春海ん家に猫が来る訳じゃないんだよ?」
「……どうなんだろう。絶対だとは思えないけど」
「え、徹くんが欲しいって言うかも?……ってこと?」
「──というか……あのビデオ……」
「おまえら、おい。まだ猫談義してんのかよ」
 自動的に引率係になった巧巳が、振り返って促す。
「今日はこのまま、引き上げでいいよな?」
「そうだな。何より正美ちゃんが疲れただろ」
「わたしは大丈夫だけど、でも、今日は本当にありがとう。お兄ちゃん、春海お兄ちゃん」
 正美が笑顔で答えた。
「猫ちゃん見られて、すごく嬉しかった。想像してたよりずっとかわいいんだもの」
「ほんと、そうだよね。……あ、そうだ」
 いるかが、何の含みもなさそうに付け足した。
「徹くんは巧巳ん家まで行っちゃえば?」
「いるかちゃんまで、ほんとやめてよ……」
 徹は、いるかのことで友人たちに遊ばれている時の兄とは違い──まだ小学生なのだから当然だが──本当に困り果て、恥ずかしげな表情で抗議を続けていた。小声で。
 まだ明るいし、家まで送ってくれなくても大丈夫という彼女との別れ際。
 山本兄弟、東条兄妹との家とは別方向のいるかが、彼らとさようならを言い合って電車からホームに降りかけた時だった。
「──あれ? そう言えば春海、ビデオってなんのこと?」
 ごく当然のことで、すぐにドアが閉まった。
「降りてから聞くなよ!」
 動き出した電車の中で、手を振っている彼女に向って彼が呟く。巧巳、正美、徹は首を傾げるばかりだった。
(2/3)


「いるか、何だって?」
「さあ」
「さあってね、おまえ」
「そこで降りた相手と」
 春海は巧巳に、電車の進行方向と逆の方を指し示した。
「どうやって会話しろって?」
「まあな」
 降りるまで時間はいくらでもあったのにな、と巧巳はおかしそうだった。そのうち電車も日曜の夕方らしく混んできて、いるか以外の四人は各自の感想等に耽りつつ帰途についたのだった。



 翌日もその次の週も、同級生たち、周囲の友人たちに報告するたび『猫欲』とも呼ぶべきものがいるかを襲ったが、彼女は彼女でそれが一時の熱病ということも分かっていたようだ。
 覚悟がないから無理だよと、彼女は彼に言った。
「だってあたし、自分のことだってちゃんとしてないんだもん。飼い主次第で、すっごく長生きさせてあげられるって戸川くんも言ってたでしょ、一生ずっと面倒を見てあげる自信なんかないよ。猫だってもっといいご主人がいいに決まってるし──本当なら自分で選ばせてあげたいよねえ、自分が行きたい家」
「──おまえのその、猫についてのご高説な……いちいち引っ掛かるんだよ……」
「……?」
「……いや、何でもない」
 まだ残暑厳しい放課後、通学路途中の公園のベンチにふたりは腰かけていた。
「正美ちゃんのために行ったのに、あたしが猫ねこってうるさいって呆れてるんでしょ」
「そうじゃねえよ」
「春海も聞いたでしょ? あたしの友だちみんな、家に猫いないんだよね。一子ん家は犬いるみたいだけど」
「そりゃあ、誰もかれもが犬猫を飼ってる訳じゃないだろ。家族の誰かが好きじゃないとか、特に必要じゃないとか……いろいろ」
「そっか。そうだよね、うちも、二人とも考えたことないみたいだし」
 この場合の「二人」とは、いるかの両親のことを指す。
「春海も、あの──倉鹿、で……考えたことなかった?」
 倉鹿という言葉に一瞬詰まりながら、彼女は何とかすべて言い終えた。
 わずか数週間前の、真夏の倉鹿。
 何が引き鉄になるのか分からない。けれど、あふれる記憶を避けて通れるはずもない。
 訪問宅では何も考えず口にできたその地名だが、今の場合は。
「……ない、よね。ごめん、変なこと聞いて」
 曖昧に目を泳がせてから、いるかが立ち上がった。
「帰ろ」
「徹のために、慰めになるんだったら……それも、考えなかった訳じゃないけどな」
「……」
 いるかが春海を見下ろした恰好になる。
 彼は笑っていた。
「そのうち、年上の女子中学生を家に連れてきて、お似合いの友だち同士になっちまったよ」
「……穴から出て来た中学生?」
「そう、セーラー服で」
 座ったまま、春海がいるかを手招きする。
(2/4:やれやれ今週中にはきっと終わるはず)


「帰ろうよ、もう」
 それにはすぐ応える様子を見せず、いるかは言う。
「暑いし……」
「おいで」
 猫相手だと不自然でぎこちない声音だったというのに、下校途中の公園で、彼女ただひとりに言う分には何の努力も要らないらしい。
 しかしさすがに、いるかは面食らった表情をした。
「おいでって……あ、あたし、すぐそばにいるでしょ……」
 いるかの反応を確認するように、春海が呟く。
「有難いな。言葉が通じる」
「……?」
「弟が連れて来た同級生が、うちに住み着いた……訳じゃないけど、そいつを手放せなくなったのは兄の方でした。おとぎ話でも何でもねえな、この終わり方は」
「……帰りませんか、生徒会長さま。あのう……何を言ってるのか、あたしの頭では、どうも……」
「転校してきたばかりのおまえって、なにか動物じみてたよ。飼われるなんて冗談じゃないって暴れてるように見えた。自分じゃ覚えてないんだろうけど、飛んだり跳ねたり、信じられないぐらい身が軽くて──俺だけじゃないぜ、皆にとって衝撃的だったんだ。そういう話」
 そこまで言うと、春海はようやく立ち上がった。いるかの肩に左手を置いて、ふわりとした前髪を右の指で掬う。
 若干、体を固くした少女を少年は二秒、三秒ほど見つめていた。
「戸川が言ってただろ。子猫だって一人前に威嚇する……警戒する時には、毛を逆立てるって。あの頃のおまえって、確かに猫に似てた」
「ちがう」
 いるかは再び、春海を見上げていた。
「ちがうよ。あたし、人間だよ」
「うん……」
「まあ、その……修学院に馴染むまでは、そりゃあ、暴れまくってたかもしれないけど、さ……えへへ」
 その額を指で弾く真似をして、春海は「でも何に似てるかって聞かれたら、茶色の子猫」と返す。
 そしてふたりは、公園から通学路に戻っていった。
「あ……ねえ、春海」
「ああ?」
「ビデオが何だったの?」
「今頃思い出すなよ。……別に、大したことじゃなくてさ。子猫以前の、赤ん坊猫ってのはまた違うなって」
「ほんとすごく小っちゃくて、丸っこくて、ふにゃふにゃしてたもんね。ミルちゃもリラちゃんも。でも鳴き声はつよいの」
「小さければ小さいほど可愛いってのは、どこの世界も共通なのかって思って見てた」
 春海の含んだ言葉を、恐らくほぼ理解せずにいるかが元気よく肯定した。
「そりゃあ、そうだよ! 赤ちゃんは絶対可愛いにきまってるもん!」
 言い切ったあと何かに気づいたのか、彼女は口の中で呟いていた。──だって赤ちゃんは可愛いよ、猫でも、どんないきものでも、と。


 彼にはまだ分かっていない。
 後輩の家で見たビデオの中にも、猫のいる家庭の全貌は見えない。
 それはまさしく、世話をして同居する人間だけの特権だと言えた。
 名前を呼べば飛んでくる、甘えて腹を見せて、指先で撫でられる心地よさに陶酔しながら眠る。
 人間たちの顔を見分け、臨機応変に甘え方を変える。
 気まぐれにすり寄っては離れ、また傍に戻ってくる。私の家はここ、私の相手はあなた。私だけを見て。そう高らかに宣言して、しるしづける。
 果ては、人間の方が平伏し、主たる猫様の世話をさせて頂いている、という心境にまで到達することを……
 野生とは違う。それが家猫。
 庇護者、守護者──あるいは下僕、召使いとして人間を完全操作できる生き物の恐ろしさ。
 彼は、それをまだ知らない。幸か不幸か、いまだに。
 いつか知ることになるのだろうか? 言葉の通じる猫を相手に。




 まだ何ひとつわからない。
 家猫の恐ろしさを、彼は知らない。


(2/5:完結)









 完結と見せかけて、いつか春海視点を出す予定です。
 やれやれ、疲れました。去年の4月に作っていた画像を、今回カラーバランスだけ変更しました。
 二年越しの小ネタをようやく終わらせることができました。
 おつかれ自分、まじでお疲れ。

「費やしたトータル字数の恐ろしさをりり子は知らない」
 本当に本当に知りたくない。

 ※2/15追記
 完結とほぼ同時タイミングで拍手送信欄に短文を上げていましたが、完結更新以降(該当記事)拍手ゼロのままなので引っ込めました。はずかしー。




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HN:
小林りり子
性別:
女性
自己紹介:
妄想を垂れ流す女。
当ブログは「いるかちゃんヨロシク」専用になりました。
2013.3/4、旧「愛のうた~」よりお引越し。

当ブログは、非公式の個人ブログです。
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