[13回]
あたしだって何も、みんなを心配させたくて飛び出した訳じゃない。
みんなを振り回すためにこんなことをした訳じゃない。
きっと他にも方法はあったはず――こんな無鉄砲な家出をするよりも、もっと頭のいいやり方はあったはず。
だけどあたしには、これしか思いつかなかった。
父ちゃんから話を聞いた時、何だかすごく……猛烈にむかむかっとして……だって、だってね。あたしの気持ちはどうなるの?
いい話だとか、相手のお父さんは議員とか? そんなこと知らないよ。
黙ってたらあたし、このまま勝手に――見たこともない人と――お見合いだとか結婚だとか、そんな信じられない展開になるんじゃないかって思ったら足が勝手に動いてた。
逃げ出さずにいられなかった。
あたしの悪い癖だよね、もう少し落ち着いて考えればいいのにさ。
一言、はっきりと言えばよかったんだよね。
お見合いなんかしない。なぜって、あたしには好きな人がいるから。
倉鹿で会ったの。倉鹿でいっしょだった時から好きなの。
あたしが東京に戻って離ればなれになったけど、今年の春、その人は東京にまで来てくれたの……同じ高校に行こうって約束したから。
――言えばよかったんだよね。
だけどね、それを言うよりも先に腹が立って仕方なかったんだよ。
どういうことなの、父ちゃんって。
母ちゃんも同じ考えなのかって。高校生の娘に縁談を勧めるなんて普通じゃないでしょ? 腹が立つのも当たり前じゃない。
あたしの気持ちも聞かないで、いきなり縁談なんて――
あたしにはいるのに。あたしには好きな人がいるんだから。
あたしにはもう好きな人がいたから、お見合いなんてあり得なかった。仕事の関係で断りにくいとか、そんなことをあたしに言ってしまう父ちゃんが嫌い。
娘のあたしがそんなことを父親に言われたら、考えなしのあたしなりに多少は困るだろうって思わないの?
じゃああたしは父ちゃんの話を受けて、見たこともない誰かと結婚しなきゃいけないの? 好きになれるかどうかもわからない人と?
冗談じゃない!
あたしにはいるんだよ、あたしにはいるの!
あたしには……春海が……いるの!
お見合いなんて知らない、結婚なんてもっとずっと先の話でいい。東京に来てくれた春海とあたし、いっしょにいるだけで今はいいんだよ……
それ以上のことなんて、今は何も望んでなんかいないのに!
「……分かった。分かったから、そう興奮すんなよ……」
「……」
「……俺に話せなかった理由も、これですっかり分かったから。院長も理由を知らないんじゃ、倉鹿に身を隠しようがないよな」
「……」
「……いるか?」
「ご……ごめん。ごめんね、春海。こんなとこまで探しに来てくれるなんて、あたし……思ってもいなくて……心配させて、ごめん」
「本当にな、まさかこんなとこまで旅するとは思ってもいなかった」
「……」
「いったん東京から倉鹿に行って、そこから一気に新潟だもんな。北上するからどんどん寒くなるし――おまえは見つからなくてお手上げ状態だし……」
「ごっ……ごめ……」
「泣くな」
「ごめん……春海……」
「……もう怒ってねえよ。つまり、俺とおまえは同じ気持ちだったってことだろ。見合いだ何だって親に言われた時に」
「え?」
「俺はそもそも、親父の話をまともに聞いちゃいなかった。ばかばかしいって思った、俺にはもう好きな女がいるから」
「……」
「……」
「あ……あたしも、あたしにはもう春海がいるからって思って……」
「そう――だから、同じだろ」
「でっ、でも、春海は逃げてないし。あたしはだめ、ばかだから――飛び出しちゃって」
「俺は口先で何とか凌げると思ったからな。だけど妙に親父がしつこくて、ちょっとは困ってたところだったんだ。……そのこと、おまえに言わなかったのを怒ってる?」
「なんで……まさか」
電車に乗り込んでも、ずっと握り合ったままの手。
その春海の手に力がこもった。
「東京に戻ったら、親父に直談判してやる。見つかったからよかったけど、もし本当にずっと見つけられなかったら……」
「……」
「よかった……」
今、一気にいろんなことを聞いてたくさんの感情が渦巻いているであろう春海は、最後にそう言った。
よかった……って。
あたしが見つかってよかった……
あたしも……あたしも、よかった。
春海が来てくれて、こんなばかなあたしを見つけてくれて、やっとあたしにも戻る場所ができたんだよ。だから、だから、よかった。
春海、ごめんね。本当にごめんね。
これから東京に戻って、そしてどうなるのかはまだあたしには分からない。分からないけど、あたしたちの気持ちは同じ。
だから立ち向かえるよ……
ありがとう、ごめんね。
春海、大好き。大好きだよ……
――いるか、とあたしの名前を呼ぶ声がいくつも聞こえる。
振り返ったら懐かしい顔、倉鹿のみんなが笑ってた。
これが夢だっていうことは、何となく分かる。
見渡す限り何にもない場所。青空が視界いっぱいに広がる、倉鹿でも東京でもない場所……だけど涙が出るほど懐かしいみんながいて、あたしを見て笑う……
(いるか、どこ行ってたんだよ?)
(まったく、何するかわかんないんだから――)
(心配させんなよ。ほら、春海が待ってるぜ)
そうだね、春海が待ってる。
あたしの帰る場所は、春海なんだね。
春海のいるところに帰りたい、帰らなきゃ……
……そして、あたしの隣に春海がいる。今、静かに眠っている。
まだ外は真っ暗だけど、もう少ししたら明るくなって朝になる。新しい一日がはじまる、見たことのない世界がはじまる。
だけど立ち向かえるよ、もう黙って逃げたりなんかしない。
あたしには春海がいるから、それだけでいいから。
(ばか! 如月いるか、こんなに待たせて何やってんだ! 帰るぞ!)
(帰るよ、帰るってば! そんなに怒らなくてもいいじゃん!)
(あんまり心配させるな……この跳ねっかえり!)
眠っている春海はあの頃よりも大人に近づいているのに、なぜか、あたしの目には――修学院の詰襟を着て、あたしのことをぶっきらぼうに『如月いるか』と呼んでいた頃の春海に見えた……
(――さあ、いっしょに帰ろう)
しかめっ面のまま、夢の中の春海はあたしを強く強く抱きしめた。