[3回]
森の中を、飢えて彷徨う旅人がひとり。
食べるものが何もない。
食べたいものが、ここにはない。
暗い森の中に、時折見える一筋の光。
今はまだ、ただ眩しいだけで何も見えない。
いつしか、自分が獣になっていることに気付く。
たったひとりの小さな獲物を待って、その気配を待ち焦がれて、この森を彷徨っていることに気付く。
そのまま、何年経ったのだろう。
もう空腹で限界だと思った頃、ちらちらと揺れる光が一瞬、閃光のように輝いた。――そして、赤い獲物がこの森へ入ってきた。
彼女は、獣になった恋人に気付かない。
恋人のなれの果ての姿だということに気付かないまま、獣を見上げる。その表情が獣の心を突き動かす。
彼女は、いくつか獣に問うた。
その声に、その目に、彼女は大事な恋人を見出した。
――分かった。あなたが……あなたなのね?
そうだよ、やっと気付いてくれた。
こんな姿になっても気付いてくれた、だからおまえだけが恋人だよ。ずっと待っていた、探していたんだ。
知っているんだろう?
この飢えから救えるのは、おまえだけだってことを。
薄暗い、鬱蒼とした森の夜。
湿気を含んだ重い風が時折、葉を揺らす。
彼女は、獣の腕に身を寄せる。
何度も何度も身をすり寄せて、笑う。
牙に傷つきもしないやわらかな肌を、狼の体に寄り添わせて何度も沈み込む。
――わたしも待っていた、あなたが好き。
わたしも欲しかった、あなたが好き……
もう泣かないで、月に吼えないで。
わたしがいるから、ずっとそばにいるから。
さあ、思う存分、わたしを食べてね。
(そんな無防備に見るな、俺は狼だから。
獲物をずっと待っていた獣がどれほど凶暴か、おまえは知っているはずだろう?
でも、もう、枷も鎖もどこにもない。
もう牙を隠すこともない。
この牙を見てもおまえが逃げない、それが分かったから。
俺は、おまえを飲み込んだと思っていた。
そして、それが間違いだったことに気がついた。
おまえにすべて飲み込まれて、おまえの森に溺れてしまったよ)
歓んで震える、可愛い小さな獲物。
生も死も希望も絶望も、すべてここにある。
迷って迷って、捜し求めた年月を埋めるために、今は何も見なくていい。
……互いを食べ尽くせばいい。
獣の息遣いも、彼女の小さな悲鳴も、すべて森の中の出来事。