[12回]
あたしのやっていることは、ばかみたいなことかもしれない。
もう進に知られてしまったのに、それでも何とか、進だけで止めようとしてる。隠そうとしている。
進は、とても常識的に「なんで、そんな水くさいことするんだ?」と言ってくれたけど、でも、あたしは言わない。
言いたくないから言わない。
言えないから、言いたくない。
あたしは、多分、怖がってる。
みんなにとってあたしが、一年半だけの「思い出」になってしまうことを……
春海にも、言いたくない。
言ってしまおうかと迷ったこともあった。でも、やっぱり、あたしは言えなかった、怖いから。
夏休みが終わったらさよならだねって、いったいどんな顔をして言えばいいのか、分からない。
自分勝手なのは分かってる。
でも、あんなふうに春海に――きっと――誤解されても、それでも本当のことを言うよりは辛くないと思った。
何か言おうとして、でも言わなかった春海。
あんな顔は初めて見た。その場で本当のことを言えるものなら、全部言ってしまいたかった。
でもあたしは、言わないと決めたんだ。
あたしらしくない、と進は言う。
一人でひっそり、いなくなろうとするなんて、と。
そうかもしれない。
だけど、あたしの意思とは関係なく物事が進んでいくから、あたしは泣き叫ぶこともできない。あたしは、自由に選べない。
選べないから、抑え込むしかないの。
気持ちを、言葉を。表情を……
くたくたに疲れ果てて何も考えられなくなるぐらい、毎日動き回っていたい。そうすればいつの間にか、その日がやって来るだろうから。
――教室に置き忘れていた体操着を思わず抱きしめてしまうぐらい、ずっと春海と一緒にいたいのに。
この学校を離れたくないのに。
みんなと一緒に卒業したかったのに……
夏になってすぐ届いた、父ちゃんからの手紙。
それを読んでいて、途中から、何が書かれているのか分からなくなった。そして、手が震えた。
あたしは今まで、何を勘違いしていたんだろう?
分かっていたことだった、いつかは帰る日が来ることは。
むしろあたしは、東京に早く帰りたかったはずだった……
いや、帰りたくない。
ずっと倉鹿にいたい。
みんなと、春海と離れるなんて、考えたくない。
いやだよ、帰りたくないよ……
考えるのがこわい。
あたしがいなくなったあとも、倉鹿では毎日が続く。あたしがいてもいなくても、何も変わりのない毎日。
みんなも、春海もいつか、たった一年半いただけのあたしのことなんて忘れてしまう。そんな奴もいたな、という一言で終わってしまう。
そんなの、いやだ。
でも、帰らない選択肢なんて、あたしには用意されていない。
こどもだっていうことは、なんて無力で悲しいことだろう。
あたしは、留守がちな父ちゃんに振り回されてるなんて思ったことはないし、今でもそうは思わない。
誰が悪いっていうことじゃない。
ただ、あたしには何の力も、資格も権利もないってことを知るだけ。
あの日、じいちゃんは、しばらく黙っていた。
あたし宛ての他にも、父ちゃんはじいちゃん宛ての手紙を出していて、そこにはもっと具体的に、手続きのことやら何やらが綴られていたはずだ。
あの日から不機嫌な顔しか見せなくなったじいちゃんと、それを何とか和ませようとしてくれる、おばちゃん。
ときどき感じる、春海の何か言いたそうな目を振り払って、あたしは必死になって動き回ってきた。
バスケやテニス、バレーボール……
鹿鳴会本部を掃除して、きれいにして、なんて、およそあたしらしくないこともしてしまった。
もう、今になって言い出せないよ。
言ったら泣きそうだから、言えない。
進は約束を守ってくれたけど、あの日から春海はあたしに声を掛けることもなく、あたしも何も言えない日が続いている。
進が言うには、春海は進とも会っていないらしい。
あたしは、自分に言い聞かせる。
自分に命令する。
泣いてしまうであろうあたしと、それを見つめるあたしが同時にささやく。
最後まで隠しておくの。
笑ってさよならなんて、そんなの、あたしには無理だよ。
だから……
――だめ、言わないで。
*****
えらくネガティブな彼女ですが、実際のところ、あそこまで徹底的に「立つ鳥、跡を濁さず」というのを実行していたのを考えると、私の印象としては、(進にもいるかにも問い正せなかった)春海と同じで、ものすごく臆病になっていたように思います。
さよならを言うことそのものより、自分が「思い出」になってしまうことへの恐怖と言うべきか。
総体的に見ると、彼女は諦観の態度を貫いているのですが、心の中ではいやだ、帰りたくないと思っていたに違いない。
口にすることで、みんなに認知されることで、それが揺るぎのない現実になることを恐れていたんじゃないかなあ。
「現実逃避」とまで言うと大げさかもしれません。でも、本当に辛かっただろうなと思うのです。