[9回]
そうね。
確かに、いるかちゃんは歌が下手かな。
でも、それはきっとコツを知らないだけって気がする。
音楽理論を知らなくたって、楽譜を読めなくたって、歌おうと思えば歌えるものよ。
東条先輩――と呼ぶと、先輩づけはいらねえよと言うけど――の指摘どおり、いるかちゃんの声質はボーカル向きだと思うのよね。
よく通る声だし、大声を出すのは慣れてるけど……と本人が言うように、肺活量も普通じゃない。
小さくても舞台栄えするのは、あのリコール事件でよく分かった。いちばん驚いたのは、まさかの山本くんの歌だったけど……
あれに驚いたのは、あたしだけじゃないけどね。
山本くんには独特の雰囲気というか――そう、華があるわよね。たとえ舞台で棒立ちしてたとしても、いちばん目立つだろうなっていう。
そりゃあ、すらっと背が高くて、あれだけハンサムだもんね。目立って当然だし……しかも歌までうまいって、どういうことなの。
なかなか、存在そのものが反則って感じの人よね、あの山本くんって。今年の総代(つまり首席入学ってことでしょ)で、入学したばかりで里見の花形である野球部レギュラー。
これだけでも十分、どうかしてるって感じなのに。
音楽やってると、そういう人が現実にも本当にいるってことは分かってるつもりだけど、身近で見るのはさすがに初めてよ。
でも。
いるかちゃんと山本くんが並ぶと、それぞれ一人でいるよりもっと強い、もっと強烈な……何かを感じるわけなのよ。
オーラ……光みたいなもの?
何だろう、それぞれの良さがもっと引き出される、そんな感じなのかしら。山本くんは、一人でいる時よりも年相応の顔になるし、いるかちゃんだって、ずっと活き活きしてるわよね。
多少でも、インスピレーションを必要とする趣味を持っている者であれば、それは理解できると思う。
あの二人は、二人でいるのが本当に絵になる。
必然と言うか……運命みたいなもの?
大げさかもしれないけどね、運命なんて。でも、ロックとは言え、音楽という芸術世界の片隅にいる身として、そう思ったのよ。
いっしょに舞台に並んで、二人の後ろ姿を見ながら演奏してたあたしはね、そう思ったの。
舞台のあと。
いるかちゃん、山本くんといっしょならうまく歌えるんじゃんと賞賛したら、二人は顔を見合わせて「そう言えば、歌をいっしょに歌うなんて初めてだ」と言った。
ウェストサイドじゃお芝居だけだったしね……といるかちゃんが言ったのを、あたしは聞き逃さなかった。
なるほど、すでに共演済みってこと。
あれ以来、あの二人を見ると……
舞台に立たせたい衝動に駆られてしまう。
うちのバンドのみんなも、感心してたもの。
さてさて、でもね……
いるかちゃんには「また今度!」って逃げられる一方だし、これはやっぱり、山本くんを攻めるのが得策かしらね……
まあ、楽器担当ではなかったんだけど、山本くんと並んでもひけを取らないルックスの東条先輩は野球部に復帰しちゃったし、ボーカルも確保できないまま……
うちは人材不足。
あの騒動で、新生徒会の面々には負けるとは言え、我が軽音部もかなり注目を集めたっていうのに。
え? あたし?
あたしは演奏専門、鍵盤専門よ。
他のみんなも楽器専門でやってきたもんだから、困ってるのよ……
さてさて……どうすれば、いるかちゃんをやる気にさせられるのかな?
インディーズver(石田ver)以外、私は認めない。