[12回]
行こうと本気で思えば、月にだって行ける。
問題は、気まぐれな羽衣を持った小さな姫が、本当に彼を待っていてくれるかどうか、なのだ。
それが彼女の意思かどうかは関係なく、運命は彼を試している。
遠い世界まで彼女を追う勇気があるか。
今までの世界を離れて、別世界で生きる覚悟があるのかどうか。
そして、彼女も試されている。
恋という名の小さな芽を育んでいけるのか。
地球から彼女を迎えに来る彼に、応えられるのかどうか。
月と地球は、近くて遠い。
声は届いても手には届かず、触れることもできない。
だから彼は月に行く。
去ってしまった彼女を取り戻すために。
自分たちの出会いを、遠くうすれていく記憶にしないために。淡い恋で終わらせないために。
「春海……ほんとだよね? ちゃんと見てよ」
彼にとってただ一人、天からやって来て彼の心を一変させた姫は、合格発表の数字を見て、嬉しさのあまり飛び上がったあと、何度も呟いた。
「あたし、受かったんだ。春海と一緒にいられるんだ……うそみたい。ほんとに……」
「おまえ、本当によく頑張ったな……」
「……信じらんない。うそみたい」
「うそじゃないって。ちゃんと番号見ろよ、345番」
「……345番。ほんとだあ……」
彼は月に降り立ち、新しい世界で生きる資格を勝ち取った。姫はもともと月の住人ではあったが、彼の望む場所は月世界の中でも一段と高いところにあった。
同じ場所でなくてもいい、月にさえ行けば……と思っていた彼に、自分も絶対、同じところに行くと言ったのは彼女の方だ。
それは、彼女にとっては、聳え立つ高山を制覇するに等しい試練。
「やった!」
弾けるように飛び上がった彼女を抱き上げて、やがてそっと地面に降ろした時。
それが本当の意味での、二人の月面着陸だったことに彼は気付いたのだった。