[27回]
共存しているはずの棘が俺を裏切った。
痛い。血が止まらない。
いつか、じゃない。
いつかどこかで、でもない。
偶然じゃない、夢の話でもない。
必然として俺は必ず、あの軌道を追ってみせる。
明日からどうやって笑えばいいのか分からない。
最初からあいつがいなかったことにして、平然と生きてもいかれない。
忘れろと言われても忘れられない。
あの涙が忘れられない。あのくちびるが忘れられない。
幼い遠い夏の日、あいつは俺の心に痛みを押しつけて消えてしまった。名前さえ言わずに……あれが、俺の知った初めての寂しさだったのだろうか。
だとすれば――これは何だろう?
穴が開いたように、何もない。
この大きな空洞に、代わりとして埋めるものが何もないんだ。
そして気づけば空虚な傷から赤いものが噴き出して、血だまりの中で俺は泣いている。――どうして泣いているんだろう? どうして?
もともとあれは転校生だった。あるべき場所に帰っただけじゃないか……
明日から、どうやって笑えばいいのか分からないよ。
たったひとつだけ分かることは、おまえはもういない。泣いても叫んでも戻っては来ない。追いついたとしても、ここへは連れて戻れない。
答えはもう見つけているけれど、それでも。
どうすればもう一度会えるのか、手段は分かっているけれど。
俺は明日から、どうやって笑えばいいんだろう。
いま泣いている自分のことを――堪えようもなく泣いてしまう、だから恋だと……それが恋だということを、棘に貫かれて血まみれの心に刻みつけるしかないのだろうか。
明日からの俺は……
◇
「――春海! よかった、気がついた? 大丈夫?」
「……」
「春海、大丈夫? 痛いでしょ? 傷だらけ……」
「……」
ユニフォーム姿のいるかは、今にも泣きそうな顔で俺を見つめている。
ああ……今のは夢だったのか。
駅伝が終わって、炎天下で気を失って――目を開いたら白い天井、ひんやりとした空気、消毒薬の匂い。そうか、近くの病院に担ぎ込まれたってことだろうな。
「いたい? 痛いよね? でも、ちゃんと治療してもらったから」
「……痛い」
「まだ痛いの? 看護婦さん呼ばなきゃ……」
「いや、そうじゃなくて……」
焦って立ち上がろうとするいるかに、俺はまだ夢を見ているような感覚で返事をする。
気を失ったと言っても、時間にすればほんのわずかだっただろう。
長い夢ではなかった。だけど間違いなく、俺は去年のあのホームに立っていた。
「痛いのは……おまえがいないから痛くて、去年……」
「……?」
「今は……そんなに痛くない」
「え、いたくないの? ほんとに大丈夫? ずきずきしない?」
「――こんなもん、痛いうちに入らねえよ」
体には本物の傷がいくつもある。痛くない訳ではないけれど、一年前の傷に比べたら何でもないと俺は心の中で呟く。
夢でよかった。
俺は今、ここにいる。おまえがいる場所に……
「痛いなら痛いってちゃんと言わなきゃ、だめだよ」
いるかは、痛くないと言う俺の言葉を――強がりだと思ったかもしれない――話半分に受け取ったらしく、可愛い顔を泣き笑いでくしゃくしゃにした。