「ねえ、あのさ」
彼女は、ぎこちなく問いかけた。
「えっと、だから……山本春海」
「何だよ。如月いるか」
「……」
「……」
二人はかるく睨み合った。間合いを計っているかのように。
ただ、現在の特異な状況もあり──通常あり得ない時間に彼らは校庭に座り込んでいたので──意地の張り合いは続かないと互いに理解していたようだ。一瞬ため息をつき、『山本春海』が言葉を繋げた。
「おまえのこと、どう呼べばいい。会長同士ってことになるんだし、いつまでも長ったらしいフルネームって訳にもいかねえだろ。──如月か」
「……」
「それがいちばん無難なんだろうけど……」
春海は目を細めて、死屍累々といった体の友人たちから視線を移した。そこには、腕組みをした座り姿で眠る老人がいた。
「院長を呼び捨てにするようなもんだし、できれば俺はそうしたくない」
少年は立ち上がり、少女に手を差し出した。
「あ、ありがと……」
少女は手の土を払いのけ、素直に従った。二人とも確かに、精根尽き果てる寸前だったかもしれない。そうでなければ話はこれほどすんなりまとまらなかったはずだ──と後年、山本春海は回想した。他の誰にも、そんなふうに許した覚えもなかったのに、と。
そう呼ばれてしまう隙など、これまで誰にも与えはしなかったのに。
「だったら、いるかでいいよ。東京でもみんなそう呼んでたから。……それで、あたしは?」
もう二度と少年は揶揄として口に出す気はなかったが、そう言いながら首を傾げた少女は、本当に小さかった。
「なに」
「あんたを何て呼べばいいの」
「……」
「……あ、ねえ。あれ……じゃない、あの人たちも」
いるかが今はじめていくつもの屍に気づいたように、指をさした。
「あたし、何て呼べばいいの」
「おまえの呼びたいように。あれが太宰進、あっちの髪の長いのが一色一馬、でかいのが長門兵衛」
春海はいるかから目を逸らした。
「今からあいつらを起こして回収して、家までどうにか歩かせないと。──何だよ、この最初の仕事は。下らねえな」
しかし春海は笑っていた。苦笑いのようで、本当におかしそうでもあった。
「院長は任せたぞ。家までは俺もついてくから」
「うん。でも、あんたは大丈夫? こんなに遅くなって、家の人が心配してるんじゃない?」
「だからさっさと退散しようぜ。長居する理由もないだろ、もう」
春海といるかはそれぞれ、祖父と親友たちを無理やり起こして立ち上がらせ、詳細は明日ということにしてようやく帰路についた。
長い一日が、予想もしない結末と共に終わろうとしている。
友人たちが疲れ果てた顔をして、各々の荷物を取りに本部テントへ戻った時、その長すぎる日に幕を下ろす決定的なことばが少女の唇から漏れたのだった。
最初にそれを聞いたのは、彼ひとりという場面だった。
「じいちゃん、ほら、ちゃんと起きてってば。家に帰ったらちゃんと休めるよ。だから途中で帰ればよかったのに……え? そりゃあ、見届け人は必要なんだろうけど、院長が最後まで残ることなかったじゃん。毎年こんなことやってんの? ちょっとおかしいよ、この学校……え?──うん、なんか、そうみたい。あたしは負けたって思ったんだけどさ。でも春海が、こうなったら会長はふたりって言うんだもん。……はい、はい。だから、それは明日ぜんぶ春海に聞いてよね……」
何とでもなれ、と彼は──夜に紛れて──そのとき笑っていた。
明日、全校生徒に向けて何をどう説明すればいいのか?
何とでもなれ。ありのままを言うだけだ。
最後まで対等だった女に名前を呼ばれても不愉快ではない。それだけだ。
[12回]