[24回]
「俺はあいつが好きだ。いつの間にそうなったのか知らないけど、サッカーの件であれだけ痛くて、最後に抱きつかれた時は慌てたし驚いたし、……嬉しかったし、熱かった。
だから、つまり、そういうこと……なんだろう、きっと」
「あいつは、どうなんだろう?」
「もともと理想の女がどんな女か、なんて考えてもいなかったけど、それにしても、まさかあいつみたいな女だとは思わなかった……
まあ、好きになっちまったものはどうしようもない……
あれこれ理屈で考えたって、仕方ないだろ。実際あいつを見たら、疼くみたいに痛いんだから」
「自惚れてる訳じゃないけど、あいつも少しは……俺のこと……そうなのか?
まのかが来てから、あいつとろくに話せないけど、なんかあいつ、最近ずっと、怒ってるみたいな顔してるよな……というか、要するに俺は、いるかに怒ってほしいってことなのか」
「なんて小さい……ああ、どうすればいいんだろう。俺はこのまま、抱きしめたいって思ってる。だめだ、今頃になって酒が回ってきてるのか……」
「こんなに近くにいるのに、なんで本当のことが言えないんだろう?」
「いつになれば、言えるのかな」
「チョコレートとかどうでもいいだろ。そんなもの毎年……どうでも……誰から来たかなんて覚えてもいない……チョコレートなんて、毎年どうでもいい――どうでもよかったはずなのに。
そう、俺たちをダシにして皆が大騒ぎするだけの話だろ。どうでも……いや、どうでもよくないな。今年だけは」
「今年は……」
「こんなに緊張する2月14日なんて、生まれて初めてだ」
「里見の話、さっさとケリを着けたいのにいつになったら連絡が取れるんだよ、あの親父は! 家にも戻って来ないまま、こんな重要なことを決めるつもりなのかよ。徹のことも、ちゃんと考えてるのか?」
「院長相手には穏便に返事をするしかないけど、でも俺にはその気はない……って、なんでいるかが聞いてたんだ? どうしてだ? 俺の返事を聞いちまったのか?」
「説明しようがない。どうしよう」
「泣いてるのか……」
「今は説明しようがない。親父に一言、確かめたらそれで済む話なのに」
「こんな状態で笑うってのも辛いし、あいつの顔を見るのもつらい。でも勝手に口からセリフが出てくるんだ。
『マリア 愛してる』って」
「この状態で見るのはきつすぎる……少し色のついたくちびる……」
「――この数ヶ月、ずっと考えてた。俺は本当はどうしたいのか。親父の話を利用して、里見へ行くって手もあった。以前の俺なら多少引っかかりを感じたとしても、最終的には東京へ出たかもしれない。でも、俺は今、ここを――修学院を出たいとは思わない。……だから、それが答えだ。それが俺の結論……」
「もういい、もう誰が見てたって、どうでもいい。
――いるか、ごめん……泣かせてごめん……ここにいるから、俺は行かないからもう泣くな」
「おいおい、最後のシーンで何を叫び出すんだよ、おまえ! 俺は生き返っちまったし、マリアは演説し出すし、まったくめちゃくちゃだな。この舞台……」
「こんにちは。――え? チョコレート……ですか? 俺に? いるかが……? 台所ひっくり返して、必死で作ってた……?
『いい出来じゃないとは思うけど、まあ、あの子が自分から料理するなんて初めてだったからね。で、味はどうだったの?』
…………」
「おまえのおばさんに聞いたよ。まだ持ってるんだったら、欲しい。今すぐ欲しい。そうしたら俺も返すから。おまえに……だから、今度は……」
「今度は……突き飛ばすなよ」
(……春海……)
おいしいよ。
本当だよ。
チョコレートってものは、こんなに甘かったのか。
こんなに美しかったのか。世界は。
今まで俺は、自分の思い通りにならないことは無いって思いかけてた。
考えてみれば、たかが中学生が何を言ってるんだって話だよな。
俺の思い通りにならないおまえが好きだ。そして、俺を受け入れてくれたおまえが好きだ。
一緒にいたい。
一緒にいよう。
今の俺たちに出来る限り、必死で、一生懸命に考えよう。
今、俺の腕の中にいるおまえのこと。
そして、おまえにとっての俺。……俺ってどんな人間なんだ?
どんな男だと思ってる?
今はまだいいんだ。
これから考えてくれよな。
俺のことを……必死で。
そう、今のおまえも必死な目をしてるよ。だからもう一回、もう一度。
もう一度、触れていいか。
ごめん、嫌だって言われても止まらない。もう遅い。
もう、一秒前には戻れない。
……うまいだろ?
嘘じゃないの、分かっただろ?
おまえの――形は少しいびつだったけど、とても甘かったおまえのチョコレート。
きれいに溶けてしまった。
おまえの、可愛いくちびるの中で。
雪が溶けるように春が来る。
いつまでも微熱が続くような、そんな時代がやって来る。