[20回]
ねえ、春海。
今日どうしても行きたいところがあるんだけど……
でも春海も忙しいし、あたしに付き合ってる時間なんてないよね。
みんな、絶対いやだって言うんだ。
あたしに付き合うのはごめんだって。
玉子も一子も桂も晶も、いるかには付き合えないって断られちゃった。
だから、春海といっしょに行きたいんだけど、なぁ……
え、行ってくれるって?
本当にいいの?
ちょっとぐらい遅くなっても俺はいいよ……って、ほんと?
じゃあね、放課後に、またね。
――実は、晶に入れ知恵されちゃったんだけどさ。
「あたしも皆も、いるかちゃんにはもう付き合えないよ。だから山本くんを誘いなさい。大丈夫、絶対断られないように教えてあげるから」
曰く、
「二人だけの時に話すのよ」
「できるだけ顔を近づけて、山本くんを見上げなさい」
「すごく困ってるって顔をしなさい」
「つま先立って見上げてもいいよ。すごく効くかもしれないから」
「山本くんがOKしたら、例の場所に行く時、いるかちゃんから手を繋いであげてね」
「ありがとうって言うのを忘れずにね」
……とか、何が何だか分からないけど晶に言い含められたので、昼休みの時にその通りにやってみたら、春海は拍子抜けするぐらいあっさりOKしてくれた。
晶にそれを報告したら、
「まあ、そりゃあね。成功するのは分かってたもん」
と、大人っぽく笑われて、何だか恥ずかしくなってしまった。
放課後、電車に揺られながら春海を見ると、何だか機嫌が良さそうに見える。
あ、そう言えば晶に言われてたことがあったんだっけ……
着く前に、やらなきゃいけないこと。
え、でも、こんなところじゃ無理だよ……と思いながらも、ちょっと冷や汗をかきながら、顔は真正面を向いたまま、隣に座る春海の手を探して何とか握ってみる。
その瞬間、春海がびっくりしたようにあたしを見た。
あ、そんな驚いた顔しないでよ。恥ずかしいじゃん。
窓ガラスに映ってるよ、春海。
向かいの席の人が、疲れたサラリーマンのおじさんで良かった。
ぐっすり寝てたから……
本当ダメなんだ、こういうの。
あたしには無理なんだけどな……
でも晶が、「山本くんへの感謝だと思って、やってあげなよ」って言うからさあ……
春海は何も言わなかったけど、あたしの手を握り返してきた。
なぜか、とても強い力だった。
痛いほどだった。
顔が真っ赤になったのが、自分でも分かった。
沈黙に耐えられなくなって横を見上げると、春海が涼しい顔をして、でも優しい目であたしを見下ろしていた。
機嫌がもっと良くなったみたいだから、まあ、それは嬉しいんだけどね……あたしは引きつった笑顔でそれに応える。
ところで、どこ行くんだ?
と、春海が顔を近づけて聞いてきた。
あのね……
どうしても今日行きたいんだ……春海と行きたいの……
と、晶の指導を思い出しながら言う。
「おねだりする気持ちで言ったらいいの。それで一発よ」
なにが『一発』なんだか分からないけど、春海は実際、あたしの返事を聞いて一発で黙ってしまった。
さっきより、あたしの手を握る力が強く、そして、春海の手が熱くなった気がする。
あ、晶ってば……
本当にこれでいいのかな……
あたし、何だか、騙してるみたいな気分になっちゃうんだけど!
電車を降りる時も、春海は当然のように手を握ったまま、あたしを引っ張った。
手をつないでる高校生カップルなんて、そりゃあ、ここ東京のど真ん中だしさ、珍しくもないんだけどさあ!
でも、あたしは恥ずかしいよ。
恥ずかしくてたまんないけど、目的を遂行するには、晶の言う通りしなきゃいけないんだ……
いるか、どこ行きたいんだ?
俺に分かる場所なのか?
春海がまた体を大きく傾げて、あたしの目線に合わせる体勢で言う。
あたしは適当に、目印になるビルの名前を言いながら、手を離してくれない春海に「もう離して」とも言えず、今回のことはちょっと無謀だったかなあ……と後悔し始めてしまった。
だってさあ……
行きたい場所ってのはさ……
……これ、喫茶店?
春海がビルを見上げて聞いてきたので、あたしは頷いた。
ここに来たかったって?
うん、来たかったの。
だってね、あのね……
ケーキ……食べ放題……
50種類のデザートバイキング……
あのね、今日まで半額なんだよね……あはは……
玉子もクラスの皆も、一回いっしょに行ったら音を上げた。
「うう、もうだめ。いるかちゃんに全部あげる……」
「いるか、あんた一体、そのちっこい体のどこにそんだけ入るんだよ。食っても食っても背も伸びないのにさ。……胃下垂じゃないの?」
と、残飯処理を命じられた。それ以来、皆は付き合ってくれない。
春海はすべて理解した途端、眉間を押さえて立ち止まった。
あーあ、機嫌が悪くなっちゃうかもなあ。
こんな(春海にしてみれば)下らないことに付き合わせちゃってさあ。
――やれやれ。こんなことだと思ったよ。
春海は笑っているのか怒っているのか分からない声で呟いて、それでもあたしの手を離さないまま、ティールームに突入してくれた。
春海は何もお皿に取らず、飲み物だけ頼んで、あとはあたしのケーキを横から突付くだけだった。
それ、食べさせてくれる?
こんな女の子だらけの場所に付き合ってんだから、それぐらいして欲しいんだけどな。
してくれるよな?
そういう訳で、あたしは、春海が食べたいと選んだケーキを、フォークで口まで運んであげるという、今思い出してもほんと、恥ずかしいことをやってしまった。
晶は、だけど、最初から春海の気分を見通していたとしか思えない。
「いるかちゃんにわがまま言われるのって、山本くんは嬉しがるでしょ、間違いなく。だからたまには、山本くんに甘えてあげなきゃ」
そりゃあね、あたしも、春海が嬉しそうな顔してくれるのは嬉しいよ。 手をつなぐのもドキドキするよ。
でも、今日食べるケーキは何だか、ちょっと味が違う。
甘いけど、ツンとくる。
いちごムースの飾りについていたミントまで口に入れたせいかもしれない。
春海が向かいにいて、面白そうにあたしの食べるさまを見ているのは、あたしがバイキングを食べる設定としては精神衛生的にあんまり良くない、と心底思った。
帰り際に、春海は、
(誰も見ていない時に)
こうしようと思って、ずっと黙ってたんだけどさ。
そこに、クリームついてんぜ。
と言いながら、あたしの口の斜め上あたりをぺろっと舐めた。
それから、唇にキスをしてきた。
…………甘くて、とろとろ。
痺れるようなクリーム味のキス。
晶は、ここまで計算してたんだろうか?
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春海が、激しく誤解しているらしい描写(電車の中)を書くのが非常に楽しかったです。
でもまあ、美味しい思いもできたから、彼氏としてはそう不憫でもないよね。