[14回]
唇が、小さな花びらのように色づいている。そこだけが驚くほどいつもと違っていて、どうしても引き寄せられる。
甘い匂いがするみたいだ。
小さな花びら、桜みたいな花びら……
どうせこういうことだろうと、答えはほとんど分かってはいたが、それでも、どうしても本人に確認しなければ気が済まない。
なのに親父は連絡をして来ない。
思い出したように、やっと電話を寄越したのは舞台の前夜だった。
問題は一分も経たずに解決し、俺は受話器を叩きつけた。
もっと早く電話してくれれば、あいつを泣かせることもなかったのに。
稽古の間、俺がどれほどの自制を強いられたのか、思い返すだけで身震いがする。しかしそれでも、演劇という舞台空間の中、自分の役を完璧に務めている限りは、素でいるよりもまだましだった――ただし、その役が、隠し通す心と同じような寝言、戯言を何度も何度も囁くような男でなければ、俺はもっと楽だったはずだ。
マリア、愛してる。
この夜、世界は光り輝いてる。
マリア、君の名前が特別なものになった。マリア、マリア、マリア……
吸い寄せられる、そのくちびる。
もう音楽は止んだ。
もう役柄の枷もない。
俺は、アントンとかいう男みたいに、映画みたいに大仰なことは言えないよ。
おまえも、もう、マリアじゃない。
おまえは俺の大事な……
泣かせてごめんな。
もう泣かせたくない。
ここにいたい、おまえの横にいたいんだ。もっと早く、その気なんてないんだとおまえに言いたかったけど――言えばよかったんだろうけど、俺もきっと、少しだけ迷っていた。
でも、もう……
ずっと見てた、その花びら。
やっと確かめることができる。
小さな小さな、薄いピンク色をした花のように、それは俺を惑わせて、魅きつけて、一瞬だけ咲いて、そして……
早い春の日に、消えた。
*****
シャツにつけられたキスマークにすりすりしてそうな、うちの春海さん。
まったく反省していない……
2013.3/11追記
2012.12/21「マリアⅠ」+2013.1/2「マリアⅡ」をまとめました。