[10回]
合図なんて言い出したあたしが悪かった。
じゃあおまえが見本を見せて、と言われて、そんなの出来ない! とか拒否したのもいけなかった。
少なくとも、見本を見せておけば春海に「キスする前にキスすりゃいいんじゃねえの?」とか、そんなむちゃくちゃなことも言われなかっただろうから……
あんなことを春海が言うから、あたしは全然安心できなくなった。
以前より安心できなくなった。春海があたしをからかってるのは分かってる、学校では多分、そういうことは仕掛けてこないとも分かってる。
でも、二人だけになったら――最近やっと気づいてきたけど――春海は『俺はやりたいことをやるよ』と言いたげな顔をして、悪戯を考えてる子供みたいな顔になって(徹くんより子供みたい!)、あたしをいじめに掛かってくる……
こんなことなら、最初から何も言わないまま、あたしが一人で我慢していればよかったのかな。
でも、それも、嫌だったんだもん。
あたしがどれだけびっくりしているか、それを春海にも知ってほしかっただけなんだよ。
別に……別にさ、キスされるのが嫌だなんて、あたしは一言も言ってない訳で……
そんなことを考えているうちに、数日、一週間が経って、堪え性のないあたしはもう耐えられなくなった。
これは本当に、あたしと春海ふたりの問題なんだから、春海だって協力してくれればいいじゃん……とは思うものの、どんな合図ならいいのかって春海が疑問に思うのも理解できなくはない、んだよね。
だって、あたしだって、どんな合図を春海が送ってくれたら安心できるのかなんて、はっきり言って分かってないんだから。
だから当然、見本を見せようにも自分がまず、春海に対してどう行動すればいいのか分かんない。でもあたしは、一晩しみじみ、頭を絞るように唸って唸って、考えた。
――いきなり、……されるのは怖いから、びっくりするから、それとなく分かるように、気づけるように合図する。
確かにこんなこと――自分が言ったことなんだけど――難しいよ。
なんでこんなに難しいのかなあ。
倉鹿からずっと一緒で、今になって春海に隠すことなんて、ほとんどない。だけど、それとこれとは別問題だってこと……
近いから怖い。
もう少しだけ――今は――離れていてほしい。まだ離れた場所にいたい。
近すぎるのは危険。
誰かが、何かが、信号を送ってくる……そんな感じがする。
あたしは、危険。
あたしは春海にとって危険で、春海はあたしにとって危険な人……ああ、だめ。普段ほとんど使わない頭がもう限界かも。
明日、思いっきり校庭を走ろうかな。
そうでもしないと、発散できないかもしれない。
とりあえず、ひとつだけ決めた。
仕方ないから、見本を見せる。
見本を見せれば春海も納得してくれると思うし、とにかく、言い出したあたしが何とかしなきゃいけない。
それは決めた、決めたんだけど……
見本……
あーあ。
あたしって、やっぱり、まだまだお子様なんだろうなあ。
『合図の見本』……見本でさえも、今のあたしにはとっても遠いよ……