[19回]
「あんた何なの? つきまとうなって」
「じいちゃんの命令? あたしの世話? 赤ちゃんじゃないんだから自分で歩ける! 迷子になったら誰かに聞けるって!」
「勝手に名前書かれただけなんだから、部員扱いしないでよ。勢いでソフト部に入っちゃったし、剣道までやってらんないって──ちょっと、その縄、何なのさ……」
「……似合わないと思ってんでしょ、どうせ。浴衣なんて」
「よかったね。よかった、本当によかったね……徹くん、よかったね……え? あたしなんて何もしてない、血だってあげられなかったもん。だから、せめて春海の代わりに試合に出るしか、できることなんてなくて……よかったね、徹くん。ほんとに……」
「うそでしょ? 春海なの……? 泳ぐの教えてくれた……あの子が春海……?」
「なんで解散しなきゃいけないの! そんなのってないよ!」
「ごめんね。ごめん、但馬に練習試合のこと話してくれてたなんて、全然知らなくて……ごめんね、ありがと……」
「……はるうみ。雪、冷たいよ……」
「行かないの? ほんとに行かないの? 倉鹿にいるの?」
「自信ない……食べちゃだめ。だめだよ、ほんとに、見るだけね……」
十三歳の春、寂しくて辛くて、眩しい空と咲き誇る桜が憎かった。
俺に何が起こっても世界は変わらない。春が憎かった。それでも、どうにか息をしてた。
十四歳の春、また咲いたのかとぼんやり眺めていただけの花びらが嵐になって降り注いできた。たったひとりの転校生──人生が変わるなんて、思ってもいなかった。
そして今、目の前に広がるこの光景は何なのだろう。
見慣れていたはずの花、白や薄い桃色。無数に咲く春の花。
満開ではないにしても……まだ少し肌寒い空気とは裏腹に冬を脱ぎ捨てた陽光が、十五歳を明日に控えた俺を包み込む。
「入学式にいっぱい咲いてて、よかったね。今年は結構早いって湊たちが言ってたよ」
「そうだな」
「もう四月なんだね……そっか、もう一年なんだ。あたし」
「……そうだな」
「お城みたいって驚いてたのにさ、すっかり慣れちゃって」
春の光がそのまま笑い声になったような。
そんなあたたかい、優しくやわらかい響きだった。
「ほんと、きれい。お城と桜ってやっぱり似合うね。明日もお天気いいらしいし、お花見したいなあ。お弁当持ってさ。まだちょっと寒いけど」
「明日……」
「うん、明日……都合悪い? みんなで散歩するだけでも」
「いや、いいよ。あいつらも大丈夫だろ、今日の式が終わったら、始業式までは俺たちも休みだからな」
光に透ける髪の毛が、揺れた。
「じゃあ明日ね! 徹くんもね」
「明日さ、俺……」
少しだけ躊躇う。祝いを催促したい訳じゃない。でも──
「明日? やっぱり何か用事あるの?」
「用事、じゃないけどな……俺、明日が誕生日なんだよ」
大きな目をもっと見開いて、彼女は俺をじっと見つめた。枝に咲く花が、気まぐれに吹いた強い風に揺れるのと同時に、俺の腕に寄り添ってくる。
「そうだったんだ。知らなかった……四月になったばかりで、もう十五歳? 一番乗り? 春海らしい! おめでとね!」
「ありがとう」
「あ、でも……」
困ったように、恥じらうようにうつむく。
乱暴な口を聞いたり喚いたり、出会った頃を思えば随分と変わった気がする。けれど、こいつを内側から形づくるものは変わらない。だから俺は……
「あたし、あげるもの──どうしよう……いま初めて聞いたから……」
馬鹿だな、と思うのは愛おしいから。
もう俺はおまえから貰ったのに。いちばん欲しいものを貰えたのに。
自分では分かっていないそのとまどいが、ただ愛おしい。
「春海の好みとか、わかんないし……」
「気にするな。もう貰ったから」
「え?」
「これを」
「え──なにを……?」
講堂へ向かおうと歩き出して、ちいさな唇に一瞬だけ触れて、答えを示してやった。彼女は赤くなって、もう一言も口を聞こうとしなかった。
新しい一年が──入学式が始まる。俺たちは三年生になり、これが中学時代の最後の一年だ。
お母さん。
俺は、生きてるよ。
徹も元気で──相変わらず滅多に帰って来ないにしても、一応、お父さんもな──新しい春を迎えた。
俺は生きていて、春を、桜をきれいだと思える俺に戻れたよ。
お母さんも知ってるよな、この暴れ猫みたいなやつ。まさか再会するなんて思ってもいなかったけど……今、そばにいて欲しいと思うのは、こいつなんだ。
あたたかい。
きっと、日を追うごとに風の冷たさも消えて、春爛漫の倉鹿になるだろう。そこにお母さんがいないのはやっぱり辛い寂しいことだけれど、命の芽生えを感じながら俺は生きるよ。少しは安心してくれるかな、お母さんは。
「おい、鹿鳴会会長たち! そろそろ始まるぜ」
「いるか、顔どうした? 赤くなってねえか?」
進と一馬、兵衛が講堂前で俺たちを待っていた。俺は笑いながら質問には答えず、悪友たちの背中を押して四月の扉を開けた。
*****
春「エピローグからスタートって……斬新かつ無責任だな……」